大学の卒業証書を偽造した罪などで在宅起訴されている伊東市の田久保真紀前市長のパソコンから、大学の卒業証書の偽造に使われたとみられるデータが見つかっていたと静岡朝日テレビなどが8月25日、報じました。
田久保被告は、東洋大学を除籍されていたのにもかかわらず、卒業したと称し、同大学の卒業証書を偽造したとして、有印私文書偽造・同行使などの罪に問われています。
静岡朝日テレビの報道によると、弁護側は、田久保被告はデータを作成しておらず、「卒業証書が偽物だとすれば第三者が作成した」と主張する方針だそうです。
偽造された卒業証書のデータが見つかったことは、本件でどのような意味を持つでしょうか。また、弁護側の主張の狙いはどこにあるのでしょうか。解説します。
●「第三者が作成した」主張の狙いは?
刑事事件では、立証責任は検察官側にあります。
たとえば、今回問題となっている有印私文書偽造罪、同行使罪(刑法159条1項、161条)で「田久保被告が偽造した」ことは、検察官側が証明しなければなりません。
弁護側から「第三者が作成した」という言葉が出てきて驚いた方も多いかもしれません。ただ、正確には「卒業証書が偽物だとすれば第三者が作成したものである」という言い方で報じられています。
自分が作っていないのであれば、その文書が現に存在する以上、作ったのは自分以外の誰か、ということになります。
つまり、弁護側の主張は、第三者が作った、と積極的に主張・立証するものではなく、「私は作っていない」という否認を裏側から説明したものにすぎない、と考えられます。
●パソコンのデータを、どう説明するのか
偽造された卒業証書のデータが、田久保氏のパソコンから見つかったという点は、どう影響するでしょうか。
まず、検察官が「このデータを印刷した物が、議長らに見せた証書だ」と主張するのか、その両者が別物である可能性も見込んでいるのかで、少し話は変わってくることには注意が必要です。
ただ、報道によると、警察は、田久保被告がパソコンで作った偽の証書に、買った印鑑を押したとみています。そうすると、見つかったデータは、議長らに見せた証書そのものの元データだ、という主張をしていくものと考えられます。
弁護側としては、このデータについて何も言わないわけにはいかないでしょう。
データの存在自体を知らないのか、データは知っているが自分は作っていないのか、それとも、議長らに見せた「卒業証書」は、このデータを印刷したものではないのか。
これらのいくつかをあわせて主張することもありえます。
なお、「知らない」で押し通すのは難しいでしょう。
自分のパソコンに存在しているデータについて、何も知らないという説明は、それだけでは説得力に欠け、不合理な弁解に終始していると捉えられるリスクもあります。
ただ、だからといって、弁護側がこのデータを誰が作ったのか、ということまで主張などする必要はありません。
たとえば、ほかの人もこのパソコンを使える状態だったとか、データが作られた日時が起訴状に記載された偽造の日時と合わない、とか、そのような反論は可能です。
報道をみる限りでは、弁護側の主張は「卒業証書」を作っていない、という否認である以上のことははっきりしません。
印鑑が注文された時期も重要です。
田久保氏は、市の職員から卒業を証明する書類の提出を求められた翌日に、印鑑を注文したと報じられています。
弁護側は、疑惑が公になる前に注文しており、動機がないと主張しているようです。
しかし、検察官はおそらく、世間の疑惑が公になった、ということに対してではなく、市役所からの要請に対して、卒業証書を偽造する動機があった、と考えているのではないかと思われます。
●「卒業証書」は、法廷に出てくるのか
「卒業証書」は田久保氏の弁護人が保管しており、県警の提出要請には押収拒絶権(刑訴法105条)を理由に応じていません。
田久保氏が東洋大学を卒業した事実はなく、そうすると、弁護士事務所で保管されている「卒業証書」は、真正なものではないはずです。
弁護側が「議長らに見せた証書はデータを印刷したものではない」という反論を組み立てるのであれば、「卒業証書」を提出して、印字状態などの照合を求めるという選択肢もありえます。
しかし、結局は真正でない「卒業証書」を出すことには変わりありません。本人が所持し、自らの卒業証書として議長らに示した後、弁護士が保管していた文書が偽物であれば、田久保氏が「偽造した」と認定される可能性は高いと考えられます。
反対に、「卒業証書」を提出しない場合、裁判所としては「現物を出せば、データの印刷物かどうかすぐに確認できるのに、なぜ出さないのか」ということで、弁護側の説明が不合理であるとして、弁護側の不利になる可能性があることは否定できません。
なお、「卒業証書」を出すか出さないかは、原則として公判前整理手続の間に決めなければなりません。
公判前整理手続を経た事件では、やむを得ない事由がない限り、手続の終了後に新しい証拠調べを請求できない(同法316条の32第1項)からです。
小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)