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救急搬送なのに「病院たらい回し」 病気が悪化したら損害賠償を請求できる?

救急搬送なのに「病院たらい回し」 病気が悪化したら損害賠償を請求できる?

事故や、急病などで重症を負ったときに利用する救急搬送で、悲劇が起きた。今年1月、体調不良を訴えて119番通報した埼玉県の75歳の男性が、県内外の25病院から計36回、救急受け入れを断られて、約3時間後に救急車が到着した茨城県の病院で死亡したという。

病院は「医者不足」「ベッドが満床」などを理由に断ったという。このように、救急患者が「たらい回し」にされて、死亡するケースは枚挙にいとまがない。2006年には、奈良県の女性が、9病院から受け入れを断られ亡くなっている。総務省消防庁によると、2011年に救急医療機関が重症患者の受け入れを3回以上拒否されたケースは1万7281回にものぼっているという。

病院側の都合はあるだろうが、受け入れを拒否されて治療が遅れた患者や遺族からすれば、やり切れない思いがあるはずだ。では、救急搬送にもかかわらず何回も病院に断られて、重篤な症状になったり、死亡にいたった場合、本人や遺族は損害賠償を請求できるのだろうか。冨宅恵弁護士に聞いた。

●診療を拒否した病院に損害賠償を求めることはできるか?

「そもそも、損害賠償を請求するには病院側に過失が認められなければなりませんが、基本的に、受入れ拒否をした病院に損害賠償を求めるのは困難であると思います」

冨宅弁護士はこのように指摘したうえで、その理由を次のように解説する。

「たしかに、医師法には、『診療に従事する医師は、診察治療の求(もとめ)があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない』(同法19条)と規定されています。

しかし、救急搬送された方の症状に対応できる専門医がいない、治療を行えるだけの体制が整っていないという理由での診療拒否は、一般的に正当な理由であると認められると思います。これらの事情が存在する場合には、診療を断っても医師法違反にはならず、病院の過失が認められることはありません」

つまり、患者の症状に対応できる医者がいなかったり、治療を行えるだけの体制が整っていないという理由は、受け入れを拒否できる正当な理由として認められるということだ。冨宅弁護士はさらに、「対応できる専門医がいて、治療を行える体制が整っていたという場合」についても付け加える。

「仮に、そのことを裁判で立証することができたとしても、病院を『たらい回し』にされたということと、特定の病院による診療拒否と症状の重傷化との因果関係を立証するのは困難であると思われます。したがって、このような場合であっても、必ずしも損害賠償が認められるわけではありません」

●国や地方自治体に損害賠償を求めることはできるか?

このように、病院に対して、損害賠償を請求することは可能であるけれども、非常に難しいということだ。それでは、救急搬送を管轄する地方自治体に対してはどうだろうか。

「地方自治体は、医療法等に基づき、患者等が医療に関する情報を十分に得られ、適切な医療を選択できるよう支援し、地域や診療科による医師不足問題に対応する義務を負っています。

しかし、個々の事例について法的な賠償義務まで負っていないため、地方自治体の過失が認定されることはありません。よって、地方自治体に損害賠償を求めることはできないと思われます」

地方自治体に対しても、「たらい回し」の責任を問うことも難しいようだ。ならば、万全の救急医療体制を用意するのは、国や地方自治体の役割だとも言えないだろうか。このような観点から,国や地方自治体に対して、何らかのかたちで責任を問えないのだろうか。冨宅弁護士によると、「先に説明したように、個々の事例に関し裁判により損害の賠償を求めることはできませんが、国会や議会を通じて、行政に対して医師不足の問題、医療体制の改善を求めていくということは可能です」という。

「国や地方自治体は、救急医療設備、体制を構築する責任を我々に対して負っているため、埼玉県の男性のような事例は決して放置してよい問題ではありません。しかし、このような問題の解決は、司法にはなじみにくく、我々が行政を民主的にコントロールすることにより解決すべき問題であると考えます」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

冨宅 恵
冨宅 恵(ふけ めぐむ)弁護士 スター綜合法律事務所
大阪工業大学知的財産研究科客員教授。多くの知的財産侵害事件に携わり、プロダクトデザインの保護に関する著書を執筆している。さらに、遺産相続支援、交通事故、医療過誤等についても携わる。「金魚電話ボックス」事件(著作権侵害訴訟)において美術作家側代理人として大阪高裁で逆転勝訴判決を得る。<https://www.youtube.com/c/starlaw>

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