2018年07月21日 09時53分

2回寝過ごしたアナウンサーをクビにできなかった「解雇権濫用法理」、その経緯と今後

2回寝過ごしたアナウンサーをクビにできなかった「解雇権濫用法理」、その経緯と今後
写真はイメージです(プラナ / PIXTA)

もし、突然解雇されたら、生活費やローン、家族のことなど大きな影響を受けます。

解雇をする権利を持っているのは使用者(企業や団体)です。解雇権は、労働者を一気に先の見えない奈落の底に突き落とすことができる権利といっても過言ではないでしょう。だからこそ、単に従業員が気に入らないから、などという勝手な理由で使用者が権利をふりかざすことがあってはなりません。

解雇権の濫用を禁じる法律が施行されたのは2004年(労働基準法18条の2→2008年より労働契約法16条に移行)。法律には「客観的に合理的な理由」がなければ解雇は無効であると規定されています。

この法律は、過去の裁判例で裁判所が示した判断基準を明文化したものです。どんな裁判例なのか、見てみましょう。

●日本食塩製造事件:「客観的に合理的な理由」が必要と示した

まだ労働契約法16条が制定される前の昭和50年代。ユニオンショップ協定に基づく解雇の効力が争われた事件がありました。それが、日本食塩製造事件(最判昭和50・4・25民集29・4・456)です。

最高裁は「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当である」と示しました。

つまり、使用者が解雇権を行使するためには、(1)「客観的に合理的な理由」があること、(2)「社会通念上相当」と認められる場合でなければならないのです。

●高知放送事件:寝過ごしたアナウンサーの解雇は「社会通念上相当」ではないと示す

同じく昭和50年代、放送局でも事件が起きました。会社で宿直勤務をしていたアナウンサーとファックス担当者が2人とも寝過ごし、ラジオニュースを放送することができなかったのです。

悲劇的にも、過ちは繰り返されてしまいます。なんと翌月もアナウンサーはファックス担当者とともに寝過ごし、ラジオニュースを放送できませんでした。さらに、アナウンサーは上司にこのことを報告しなかっただけではなく、事故報告書を求めた別の上司に、事実とはちがう報告書を提出したのです。

会社は寝過ごしたアナウンサーに解雇権を行使。このとき、会社は懲戒解雇ではなく、普通解雇を選択しました。これに対し、アナウンサーが訴えを起こします。これが「労働判例百選〔第9版〕」にも掲載されている高知放送事件(最判昭和52・1・31労判268・17)です。

結果はアナウンサーの勝訴。裁判所は、「解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである」と判断しました。

●裁判所は、解雇を簡単には認められない

この2つの裁判例(日本食塩製造事件、高知放送事件)で裁判所が示したことが後々、解雇権の濫用を禁止する法律に反映されることになりました。

法律制定後も、解雇をめぐるさまざまな判例が登場します。例えば、能力不足を理由とする解雇は無効であると示したセガ・エンタープライゼス事件(東京地裁平成11年10月15日判決)やブルームバーグ・エル・ピー事件(東京高裁平成25年4月24日判決)、酒気を帯びて同僚のバスを停車させ、乗客からクレームを入れられたバス運転手の解雇を無効とした西武バス事件(最判平成7年5月30日労判672・15)などがあります。

裁判所は労働者側に有利な事情を考慮し、解雇について厳しく判断する傾向があるともいえます。現代における解雇権濫用法理の意味と今後について、中村新弁護士に聞きました。

●長期雇用制度のもとで、雇用の維持が最優先されてきた

解雇権濫用法理にはどのような背景があるのでしょうか。

「昭和50年代に判例法として確立され、今は労働契約法16条で明文化されている解雇権濫用法理は、戦後に形成された長期雇用制度を背景とするものです。

条文上は、(1)解雇の客観的合理性、(2)社会通念上の相当性が認められれば使用者は自由に労働者を解雇できるようにも読めますが、長期雇用制度のもとでは雇用の維持が最優先されるため、使用者側がこの2要件の存在を立証するハードルは事実上非常に高いものとなっています。

解雇の有効性の判断においては、労働者の服務規律違反や能力不足の程度と改善可能性、労働契約において求められた能力・資質と労働者の能力・資質との乖離の程度、労働者の能力向上の可能性などが厳格に認定されます。また、解雇回避措置の有無、解雇の動機や目的、解雇した際に踏まれた手続の適正さも考慮されます。

長期雇用制度は、原則として新卒者を雇用し、年功序列的な人事制度と賃金体系のもとで長期にわたって人材を育成することが生産性の向上につながるという考え方に基づくものです。それゆえ、勤務成績や能力が容易に向上しないという理由のみで行われた解雇はなかなか有効とされません。

ただし、特定の高度な能力を有することを前提として中途採用した従業員が期待した能力を発揮できない場合には、解雇を有効とした裁判例も存在します(ヒロセ電機事件:東京地判平成14年10月22日労判838号15頁、メガネドラッグ事件:東京地判平成13年7月13日労判813号89頁など)」

●時間はかかるが、新しい動きが出てくる可能性も

日本の長期雇用の慣行が崩れつつある中で、今後の動向をどう考えればいいのでしょうか。

「確かに、最近は、近い将来転職する可能性を視野に入れた就労も目立つようになり、以前と比べると雇用は流動化しています。退職金制度と年功序列型賃金制度は長期雇用を前提としたものですが、今は一部上場企業でも退職金制度を設けない企業が出現しており、賃金体系も、年功序列を前提とする職能給制度から職務給制度へ移行しつつあります。

また、現行の解雇権濫用法理が厳格に過ぎると考える経営者も一定数現れ、解雇の金銭的解決(一定の金銭を支給すれば有効に解雇できるとする制度)の法制化を提案する声も出ています。

長期雇用制度は長い時間をかけて日本に根付いた制度なので、原状ではまだ解雇権濫用法理をめぐる判例に大きな動きはなく、解雇の金銭的解決が法制化されるとしてもなお時間を要すると思われますが、今後数年の間に新しい動きが出てくる可能性は否定できないでしょう」

(弁護士ドットコムニュース)

取材協力弁護士

中村 新弁護士
2003年、弁護士登録(東京弁護士会)。現在、東京弁護士会労働法制特別委員会委員、東京労働局あっせん委員。労働法規・労務管理に関する使用者側へのアドバイス(労働紛争の事前予防)に注力している。遺産相続・企業の倒産処理(破産管財を含む)などにも力を入れている。

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