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精神障害の労災認定基準に「カスハラ」追加のインパクト 新村弁護士「会社の責任問う流れは強まる」
写真はイメージです(Graphs / PIXTA)

精神障害の労災認定基準に「カスハラ」追加のインパクト 新村弁護士「会社の責任問う流れは強まる」

精神障害を労災認定する時の心理的負荷の基準に、9月から新たにカスタマーハラスメント(カスハラ)が盛り込まれた。カスハラとは、客からの暴言や暴行、不当要求などで働く人の就業環境を害することだ。

労災が認定される時には、心理的負荷の基準に該当する必要があるため、カスハラが盛り込まれたことで、従来より労災が認定されやすくなる。対策を講じない会社側の責任が問われる流れも加速しそうだ。ハラスメント問題に詳しい新村響子弁護士にパワハラやセクハラとの認定基準の比較や、カスハラで労災申請する場合に用意しておいたほうがいい証拠などを聞いた。(ライター・国分瑠衣子)

●精神障害の労災請求件数、10年で倍に

労災が認定されると、治療費や休職分の賃金が補償される。2022年度の精神障害の労災請求件数は2683件で前年度比で337件増えた。支給決定件数は710件だった。請求件数は10年で倍に増えている。

精神障害の労災が認められるには、発病する前のおおむね6カ月の間に「業務による強い心理的負荷があった」と判定される必要がある。厚労省の基準である「心理的負荷評価表」は、具体的な出来事ごとに心理的負荷を定めている。ストレスの度合いを弱、中、強の3段階に分け、「強」とされた場合に労災が認められる。

「ハラスメントによるストレスは『中』でも長時間労働など複数の出来事を組み合わせて『強』になるケースもあります」(新村弁護士)

●「カスハラを真正面から捉える基準ができ、労災認定されやすくなる」

新評価表には、「対人関係」の具体的な出来事の1つとして、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」が追加された。これがカスハラに当たる部分だ。

平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」とし、具体例として「顧客等から人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた」「顧客から治療を要する程度の暴行等を受けた」場合などを「強」とした。人格や人間性を否定するような言動を受けたが行為が反復・継続していないケースなどは「中」になった。

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新村弁護士は「裁判では心理的負荷は総合的に判断しますが、労災認定されるには、心理的負荷評価表の項目に該当しなければなりません。全て厳密に当てはまらなければならないというわけではありませんが、実務上はかなり拘束されます。その意味では、カスハラを真正面から捉える基準ができ、労災が認められやすくなったと評価できます」と話す。

●「カスハラの法的定義や具体的指針はないまま。労基署も判断に悩むのでは」

一方で、2つの課題があると指摘する。1つは基準で定める「反復性」については、ハードルが高いのではないかということだ。新村弁護士は、今回のカスハラの基準は、パワハラを参照してつくられたのではと考えている。反復されていないと「中」、反復されると「強」になりやすい。

異なる顧客から複数回にわたりカスハラを受けた場合には、「反復性」が認められるのか、基準からははっきりしない。また、1人の客に数時間にわたり拘束され、人格を否定されるような暴言を受けた場合は反復にあたらないのかという疑問もある。

2つ目はセクハラやパワハラとは異なり、カスハラは法律がない中で労災基準ができたことだ。「法律上、何がカスハラなのかという具体的な定義がないまま、労災基準ができたため、労基署は判断に悩むと思います」。厚労省が作成したカスハラ企業対策マニュアルはあるが、どの程度影響を与えるかは未知数だ。

今後、カスハラが法律に明記され、裁判例が積み重なれば、今回定められた労災基準が見直される可能性もある。

「労基署が評価表に沿って判断した場合でも、裁判所が『この心理的負荷は中ではなく強でしょう』などと取り消しを認めたことをきっかけに、基準が見直されたケースもあります」

新村弁護士は例としてパワハラを挙げる。以前、パワハラは「上司等とのトラブル」という項目で処理され、ほとんど「強」になることはなかった。が、その結論を覆す裁判所の判決が出たことによって「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」という項目が追加された経緯がある。

●カスハラで企業の責任が認定される判例が増加

今回労災基準が出たことで、企業にもカスハラ対策が求められることになりそうだ。労働施策総合推進法ではパワハラは、企業が対策を講じることが義務付けられているが、カスハラへの対策は「望ましい取り組みだからできればやってほしい」という努力義務にとどまる。

ただし、新村弁護士によると近年、カスハラに関する裁判所の判断が先行しているという。

「上司がカスハラに毅然とした対応をしなかったことが違法行為だとして、地方公共団体の責任が認められた裁判例などカスハラに関する事例が増えてきています。今後、安全配慮義務違反などで会社の責任が問われる事例も増えるでしょう」

労災が起きたことで、ただちに会社の責任が問われるわけではないが、労災を起こした会社は労災保険料が上がるなど、ペナルティがつく可能性もある。

●カスハラ被害にあったら、メールで証拠を残す

カスハラ被害による精神疾患になり、労災申請したい場合は証拠を残しておくことが大事だ。

「暴言を受けた日付や暴言の内容などは、仕事が終わったらでいいので自分や家族あてにメールしてください。メモでもいいのですが、改ざんできないという点でメールがお勧めです」

会社内での報告書の控えを持っておくことも方法だ。体調不良で受診する時は医師にカスハラで体調不良にあったことを伝え、カルテに記載しておいてもらおう。

パワハラやセクハラとは異なり、カスハラは対顧客という点でハードルがある。正当なクレームかどうかの線引きも難しい。会社に訴えても「こらえてくれ」と言われるかもしれない。

ただし、新認定基準では、カスハラで「会社に相談した、または会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善されなかった場合」には、心理的負荷が「中」程度の迷惑行為であっても「強」とされる。

「セクハラもパワハラも、ハラスメントだけで労災認定されるのは難しいです。ですが、ハラスメントに長時間労働を組み合わせるなど、別の項目を組み合わせて認められる場合もあります」

今回、カスハラを真正面から捉える労災基準ができ、一歩前進した。今後はカスハラが法制化され、カスハラの定義が明確になり、企業の対策が義務付けられることが求められる。

プロフィール

新村 響子
新村 響子(にいむら きょうこ)弁護士 旬報法律事務所
東京弁護士会所属。日本労働弁護団常任幹事、東京都労働相談情報センター民間労働相談員。労働者側専門で労働事件を取り扱っており、マタハラ案件のほか解雇、残業代請求、降格、労災、セクハラなど多数の担当実績がある。

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