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裁量労働「向いていない人にも適用されている」厚労省の調査報告書を労働弁護士が読み解く
写真はイメージ(freeangle / PIXTA)

裁量労働「向いていない人にも適用されている」厚労省の調査報告書を労働弁護士が読み解く

厚生労働省は6月25日、裁量労働制の実態に関する調査の結果を公表しました。

調査結果では、裁量労働制の対象となる労働者(適用労働者)が対象とならない労働者(非適用労働者)よりも労働時間が長くなる一方、仕事の内容や納期などについては管理監督者が決めている傾向があることなどが明らかとなりました。

労働問題に取り組む笠置裕亮弁護士は「そもそも現行法においても裁量労働制を適用する労働者の範囲が広すぎるため、長時間労働やそれに伴う健康被害が深刻化するおそれがある」と懸念を示しています。

今回の調査結果のポイントと、今後の裁量労働制のあり方について、笠置弁護士に聞きました。

画像タイトル 笠置裕亮弁護士

●目標と期限の裁量がないことが、長時間労働につながっている

ーー今回の調査結果で注目すべきポイントはどこでしょうか。

まずは労働時間です。適用労働者は1日の労働時間が平均で9時間である一方、非適用労働者の平均は8時間39分です。

週単位でいうと、労働時間の平均が60時間を超える人の割合が適用労働者だと10%弱いる一方、非適用労働者では大体5%程度です。週の労働時間が60時間を超えるかどうかは、健康被害のひとつのメルクマールになります。適用労働者の方が、非適用労働者よりも健康被害が起きうる長時間労働に従事している割合が大きいと言えます。

こうした傾向は、睡眠時間にも現れています。報告書によると、適用労働者の平均睡眠時間は、仕事がある日で6時間程度、仕事のない日は7時間半程度です。健康維持に必要な睡眠時間は7時間から8時間と言われています。5時間睡眠だとかなり重篤な健康被害が生じてしまう可能性があり、6時間でもそのリスクが高くなると言われています。

6時間の睡眠すら確保できなくなってしまうのは残業時間80時間のラインで、100時間の残業時間だと5時間以下程度の睡眠しか確保できない状況になると考えられます。これらがいわゆる、「過労死ライン」と呼ばれる残業時間です。つまり、仕事がある日に6時間程度の睡眠時間しか確保できていない状況は、健康維持の観点からは問題のある状況だと言えます。

ーーそうした状況の中で、適用労働者に「裁量」があるといえるのでしょうか。

私が過労死事件などで重要視するのは業務の締め切りと業務内容と業務量です。というのも、これらの要素は、労働者の労働時間を増大させる大きな要因になっているからです。

調査結果では、業務の目標や期限については管理監督者が決めている割合が4割程度にのぼっているようです。適用労働者について、出退勤の時間は自由であるという回答が多いようですが、結局、どの程度の業務をいつまでにこなさなければならないかという点に大きく影響するのは、業務の締め切りと業務内容、そして業務量です。

こうした労働時間を大きく左右するポイントについて、事業場からの回答によっても、管理監督者が決めているケースが少なくないという実態があるということは、結果的に長時間労働につながっている可能性が高いと考えます。また、このような実態は、労働者側に業務の遂行に関する裁量を大幅に与えるという裁量労働制の趣旨にも反していると思います。

ーー制度の趣旨からすれば、業務内容や締め切り、業務量についても、適用労働者自身が設定できることが望ましいのでしょうか。

そうですね。裁量労働制というのは、そもそも自分で(業務について)どうスケジューリングしていくかの裁量を与える制度だと思います。逆に言えば、そういうスケジューリングができない労働者については裁量労働制を採用すべきではないのではないでしょうか。

裁量労働制の対象となる労働者の範囲について、企業によっては裁量労働制の範囲を広げすぎだ、対象労働者の範囲が広すぎるといった意見も出ているようです。一定の人事等級や経験年数を要件とすべきと。あとは一定のコンピテンシー(職務遂行能力)を要件とすべきという回答もありました。このような意見が意味するのは、この人に任せてもまずいぞ、という方に対しては裁量労働制の適用対象にすべきではないという実態があるということだと思います。

「この人には適用した方がよい」「この人には適用しない方がよい」という見極めが本来使用者に求められていて、労務管理をきちんとチェックするのが人事部の役割であるはずです。これをチェックしないで、なんとなく、「法律で定められていて残業代も払わなくていいらしい」「労務管理もラフで問題ないのではないか」といった意識で制度を導入した結果、こうした状況が生まれているのではないかと思います。会社として、きちんと業務の遂行方法等に関する人事権限を行使したいと考えているのであれば、安易に裁量労働制を導入すべきではないでしょう。

●「労務管理がラフな事業者が一定数いること明らかに」

――長時間労働の傾向がある一方で、健康状態の認識については、「よい」と回答した割合がわずかですが非適用労働者より適用労働者の方が高い結果でした(※適用労働者が32.2%、非適用労働者が30%)。

デザイナーや税理士など専門知識を持って仕事をしている方、あるいはコンサルの方などにとっては、管理がある意味ラフな方が働き方としてフィットしている面があるのではないかと思います。そういう意識が、この回答に反映されているのではないでしょうか。

ただし、長時間労働になると、本人の認識とは関係なく健康リスクは生じます。制度設計としては、当事者の認識とは別に適用労働者に対する健康面での配慮が必要です。

今回の調査結果では、裁量労働制の対象範囲を見直すべきと回答した事業者の中で、対象範囲が狭いと考える事業者の割合が、専門型裁量労働制の適用労働者がいる事業者について73.6%、企画型について94%を占めていました。一方、適用範囲が広いと考える事業者の割合は、専門型について9.9%、企画型については4.0%にとどまりました。

過去にも、営業職等について大幅に裁量労働制を広げようとする議論があり、政府内での検討が今後進められるような動きが見られますが、論外だと思います。現状ですら適用範囲が広すぎるのではないかと疑われる実態があるにもかかわらず、きちんと裁量労働制を適用する労働者を限定していくという方向で検討を進めていかないと、健康被害や長時間労働化がますます進んでしまうと思います。

――使用者側に求められる改善のポイントは何でしょうか。

厳格に労働時間管理をきちんとやっていくという基本をまずはおさえることです。調査結果では、適用労働者の労働時間の把握する方法が労働者の自己申告と回答した事業者が、専門型では35.2%、企画型では22.3%にのぼりました。労働時間管理がラフな事業者が一定数存在することが明らかになったと思います。

自己申告制では、実際の労働時間より短く申告するケースなども少なくなく、客観的にどれだけ働いているのか正確に把握できているとは言えません。

2019年の労働安全衛生法の改正では、管理監督者が客観的な方法で労働時間を把握する義務があることが定められました。使用者は、労務管理ソフトを導入やパソコンをログの記録などを通じて、これまで以上に正確に労働時間を把握することが求められていると思います。

●「短時間で成果を出せる人にはメリットがある制度」

――そもそも裁量労働をやめたい適用労働者にできることはあるのでしょうか。

裁量労働という働き方にフィットしていない労働者に対しても裁量労働制が適用されてしまっているのが現状だと思います。

裁量労働制を適用するための要件として、労働者の同意を求めている事業所は多数存在します。企画業務型の場合には、適用にあたっては、法律上、労働者の同意が必要とされています。労働者はいったん適用に同意した場合でも、同意を撤回できますが、撤回できることを知らない労働者も少なくないでしょう。使用者側は、労働者に対して、裁量労働制に向いていない場合にはいつでも同意を撤回できることをきちんと周知すべきです。また、同意の撤回に関する手続をきちんと整備していない事業場も多いという結果が出ているようですが、速やかにきちんと手続を整備し、撤回方法も併せて周知すべきです。

裁量労働制の趣旨に即した働き方が向いている労働者は一定数いると思うのですが、それほど多くはないのではないでしょうか。短時間で成果が出せる人、たとえば、1日6時間働けば10時間働く人と全く異ならない成果が出せる人、そういう方にとっては経済的にメリットがあるかもしれません。

しかし、職種や能力的に本来は裁量労働に向いていない人にまで裁量労働制がどんどん適用されてしまい、様々な問題が生じてしまっているのが現状であり、そのような実態が今回の調査によって浮き彫りにされているのではないでしょうか。裁量労働制の導入・適用にあたっては、今回の調査結果を踏まえ、とりわけ慎重に考えるべきでしょう。

プロフィール

笠置 裕亮
笠置 裕亮(かさぎ ゆうすけ)弁護士 横浜法律事務所
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「こども労働法」「就活前に知っておきたいサクッとわかる労働法」(日本法令)、「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。

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