電通に勤務していた女性新入社員の高橋まつりさん(当時24)の過労自殺を契機に、長時間労働対策の様々な議論が起きている。その1つが、労働時間の記録についての問題だ。労災認定された高橋さんは、ツイッターで自身の労働環境について記録を残していた(現在は鍵がかかっていて閲覧できない)。
高橋さんは、2015年11月5日に「ツイッター、退職時に訴訟するための証拠として使ってるまである。」と打ち明けていた。実際に、2015年12月18日の午前3時55分に「今から帰るんですけど、うけません?」とつぶやくなど、遅くまで働いたことを記録していた。
また、2015年12月20日には、「男性上司から女子力がないだのなんだのと言われるの、笑いを取るためのいじりだとしても我慢の限界である」とパワハラがあったことも打ち明けている。
ツイッターに退勤時間を記録することや、パワハラ行為を記録しておくと、訴訟や労災認定の際に証拠として使えるのだろうか。証拠を残す上でSNSはどう使えばいいのだろうか。古金千明弁護士に聞いた。
●SNSの投稿も労災認定の証拠になる
過労死・過労自殺の労災申請をしたり、会社に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をする場合には、過労死・過労自殺が業務に起因することを証拠に基づいて立証する必要があります。
この業務起因性を立証するためには、亡くなった方の勤務実態を把握することが重要です。そして、勤務実態のうち、労働時間の証明、とりわけ残業時間の証明は、業務の過重負荷・心理的負荷を考えるにあたって重要な論点の一つです。
残業時間の証拠としては、タイムカード、入退室・守衛の記録、手帳や日記の記載等が典型的ですが、証拠の種類に制限はありません。パソコンのログ、メールやFAXの送受信記録、退社時に使ったタクシーのレシート(印字時刻が打刻)等も、労働時間を証明する証拠になります。
今回亡くなった高橋さんが残していたツイートも、何時まで働いていたのかという労働時間(ツイートの投稿時刻)や、業務の過重負荷・心理的負荷(業務内容やパワハラに関するツイート)の証拠として使えるでしょう。
●労働時間や業務の負荷に関する投稿は証拠価値が高い
ただし、過労死・過労自殺の業務起因性を証明するためには、一定の期間の勤務実態を証拠に基づいて立証する必要がありますので、SNSの書き込みが「1個」あれば十分というわけでもありません。
タイムカードのない会社では、退社する前後の投稿が多ければ多いほど、残業時間の証拠として使えます。また、SNSの書き込みに、業務の負荷やパワハラの内容等が具体的に書かれていれば、業務の過重負荷・心理的負荷の内容とその程度を立証する証拠となります。さらには、亡くなる直前にSNSに本人が書き込んだ業務に関する投稿は、本人の追い込まれた切実な心情が表現されていることが多いでしょうから、証拠価値が高い場合が少なくないでしょう。
その一方で、SNSの書き込みは、会社側も閲覧することが可能であることが多いので、社内規程に反する内容が含まれていたりすると、「問題社員だった」とか「就業時間内に業務外のことができるくらいだから、本人にとって業務の負担は重くなかった」という逆方向の証拠として使われるおそれもありますので、注意が必要です。
●SNSをキャプチャーして証拠を確保することも有効
もちろん、過労死・過労自殺という不幸な事態は起こらない方がよいですが、不幸にして、周りの方について、過労死・過労自殺が疑われる事案が発生してしまった場合には、亡くなった方のSNSの画面をキャプチャーして証拠を「確保」しておくと、将来、労災請求等をする場合に、証拠として使える場合があると思います。
個別のSNSサービスによって扱いは異なりますが、アクセスされずに一定期間が経つと削除されてしまうものや、そもそもサービスが終了してしまうこともありえますので、一般論としては、証拠の「確保」はできるだけ早い方がよいでしょう。