インターネットやSNSで、自身の被害や社会問題を「告発」するケースが相次いでいる。
「ファストフードのメニューに異物が混入していた」など、SNSへの投稿はカジュアルにされている。ただ、そのような告発には法的なリスクも伴う。
ある中華料理店にナメクジが大量にいるなどと投稿した男性は、偽計業務妨害などの罪に問われ、懲役1年の実刑判決を下された。
2023年1月からネット上に投稿されて大きな反響を呼んだのが、赤穂市民病院の医療事故をモチーフとした漫画『脳外科医竹田くん』だ。
その後、この問題をNHK『クローズアップ現代』が取り上げたほか、モデルとなった医師が業務上過失傷害罪で在宅起訴されるなどの広がりをみせている。
作者によると、当初からマスコミを通じた「告発」を選ばなかったわけではなく、残された選択が自分で「漫画」で発信することだったという。
●漫画が大きな話題に…訴訟や刑事告訴のリスクが生じた
『竹田くん』が公開されると、実在する病院や医師の名前を出していないものの、赤穂市民病院の医療事故を描いたものではないかとして大きく話題になった。
今年2月、漫画の作者が、自分はモデルとなった医師による医療過誤の被害者家族だと明かした。
身元を公表した理由について、作者は、医師が発信者情報の開示請求手続きによって作者の住所・氏名などの個人情報を得たことをあげた。今後、医師から損害賠償請求や刑事告訴される可能性を懸念しているという。
作者側は3月11日、大阪市内で記者会見を開き、このような法的なリスクについて、医師の先手を打つようなかたちで、漫画が名誉毀損にあたらないことを確認するための裁判を大阪地裁に起こしたと明らかにした。(提訴は3月5日付)
●漫画を描いた理由は「唯一の選択肢がフィクションだった」と説明したが…
作者は2月5日にもネット上で、漫画を描いた理由について説明している。
そこでは、病院による治療体制の問題と、その後の対応の諸問題を目の当たりにした驚きがつづられている。
「一連の医療事故の真相が究明されないまま事件の記憶が風化すれば、また新たな犠牲者が生まれてしまうのではないか、といった強い危機感を抱き、葛藤の末、どうにかしてこの問題を社会に伝えたいと考えるようになりました」
「外部に公表されていない問題を知ってしまった一個人が、その内情をフィクションというオブラートに包むことなく世に出すことは、日本社会において極めてリスクの高い行為」という事情を踏まえて、「私にとっては、フィクションという手段を用いて社会に問題を提起することが残された唯一の選択肢でした」としている。
ただ、作者が3月の記者会見で説明した事情は少し毛色が違った。
●作者「漫画を描くまでに長期間にわたって報道機関に働きかけた」
「漫画を描くに至るまでに、報道機関や議員さんとか、できる範囲で、この問題を、重大な問題が起きていますよ、ということは、いろんな人たちにかなり長い期間にわたって伝えました。
それでも問題が隠蔽されてしまうと思った段階で、フィクションとして漫画として世に出そうと決断するまでに、(中略)社会に知らしめようという行動は、ほかの手段でいろいろとりました」(作者の男性)
つまり、メディアには働きかけたが、希望通りにはならず、そこで自ら発信する手段をとったというわけだ。
作者の男性
地元メディアが問題を取り上げたこともあったが、ある大手報道機関は「フェードアウト」していったという。
「『赤穂民報』という地元のメディアは結構頑張ってくれたんですよ。同じように赤穂市に支部がある新聞には、すごい情報提供しましたし、私に情報提供してくれた人に直接インタビューをしてもらったこともあります。
でも、最初は『赤穂民報に追いつきたい』というふうに記者さんが言ってたんですけど、なんていうかフェードアウトされていきました。理由はなぜかわからないです」
医療をめぐる問題を報じる場合、記者には専門的な知識が求められ、取材には時間もかかる。記者の少ない地域の支局では、さばける「体力」も少ないことがあり、さらに報道には訴訟リスクもはらむ。そのようなメディア側の事情も考えられる。