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家裁が「手術なし」でも性別の変更認める…従来の枠組み広げる判断、今後の影響は?
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家裁が「手術なし」でも性別の変更認める…従来の枠組み広げる判断、今後の影響は?

身体的性別は女性とされているが、性自認は男性という20代の2人に対し、家庭裁判所が2015年と2016年、性別適合手術なしに戸籍上の性別を変えることを認めていたことが分かった。毎日新聞が8月20日に報じた。

毎日新聞によると、2人は「性分化疾患」の一種(21水酸化酵素欠損症)と診断されている。胎児期から男性ホルモンが過剰に分泌されるもので、小児慢性特定疾病情報センターのHPによると、女児の場合は外性器の男性化や生理不順などが起こることもあるという。

多くの場合、戸籍上の性別を変えるためには、性別適合手術が求められている(性同一性障害者特例法)。一方、今回の2人は手術をせず、戸籍の記載の誤りは訂正できると定めた戸籍法の規定を根拠に性別を変えたという。

この家裁の判断は適法と言えるのだろうか。意義や今後の広がりについて原島有史弁護士に聞いた。

●性別の「変更」ではなく「訂正」、性同一性障害と性分化疾患の違い

性同一性障害者特例法は、法令上の性別変更をするための要件として、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」(性同一性障害者特例法3条1項4号)、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」という2つの条件を課しています(同5号)。

これらのうち、第4号の要件は、(1)性別変更後に子どもが生まれたら、さまざまな混乱や問題を生じることにもなりかねず、また、(2)生殖腺から元の性別のホルモンが分泌されることで、身体的・精神的に何らかの好ましくない影響を生じる可能性を否定できないと説明されています。

また、第5号の要件は、他の性別に係る外性器に近似するものがあるなどの外観がなければ、例えば公衆浴場での問題など、社会生活上混乱を生じる可能性があることなどが考慮されたと説明されています。

ーーであれば、なぜ手術なしで、戸籍上の性別を変えることが認められた?

今回、押さえておくべきことは、家裁が「性分化疾患」である方について、当初の戸籍の記載が誤り(2016年のケースでは、男性であるにもかかわらず戸籍に「二女」と記載されていた)であることを理由に、戸籍の「訂正」を認めたということです。「性同一性障害」を理由に、性別の「変更」を認めたわけではありません。

ーー「性同一性障害」と「性分化疾患」はどう違う?

法律上「性同一性障害者」とは、「生物学的には性別が明らかである」にもかかわらず、性自認がそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持っていること等を要件としています。

一方、性分化疾患は、胎児期の性分化過程における障害で、染色体、性腺、または解剖学的性(内性器の性別および外性器の性別)が非定型的である先天的状態を指します。数十種類ある疾患の総称で、いろいろなケースがありますが、出生時に性別を判定するのが困難なこともあります。中には成長の過程で、自身の性別に違和感を覚える人もいます。

誤解を恐れず単純化して言うなら、性分化疾患は身体的性別に関する話、性同一性障害は性自認という心の性別に関する話、と整理することができると思います。

●「今回の判断はこれまでの枠組みから大きく進展」

性同一性障害者特例法ができる以前は、戸籍上の性別変更を求める人は、本件同様、戸籍法113条に基づく「戸籍の訂正」を申請するという方法を採っていました(なお、性同一性障害者特例法の場合は「戸籍の訂正」ではなく「性別の取扱いの変更」です)。

過去の裁判例では、このような戸籍の訂正を求める当事者には、性分化疾患を理由とした申請のほか、性同一性障害を理由とした申請も見受けられます。

しかし、これらの裁判例のうち、戸籍の訂正を認めた裁判例(札幌高決平成3年3月13日家裁月報43巻8号48頁、水戸家裁土浦支部審平成11年7月22日家裁月報51巻12号40頁等)は、いずれも性分化疾患の方の事例です。性同一性障害を理由として戸籍法113条に基づく戸籍の訂正を認めた審判例は、少なくとも私は把握しておりません。

ーーということは、今回の家裁の判断はあまり大きなインパクトはない?

そういうわけではありません。今回の審判例は、上記のような審判例に連なる判断ではありますが、これまでの枠組みからは大きく進展しています。

札幌高裁平成3年決定は、出生時、外性器の形態から性別を判定することが困難であったものの、性染色体は男性であったため「男」として届出がなされた子について、排尿障害等を治療して生命を維持するためには女性型の外性器を形成した上、女性として養育することが必要不可欠という医師の意見等に基づき、戸籍の訂正(男性から女性へ)が認められた事案です。

また、水戸家裁平成11年審判は、性染色体は男性型であったものの、出生時に外陰部異常があったため「長女」として届出がなされた人について、その後の成長過程で男性であることがはっきりしてきたため、戸籍の訂正(女性から男性へ)が認められた事案です。

いずれの事例も、身体的性別にかかわる諸要素(性染色体、性腺、外性器、内性器)のうちのどれを基準にして個人の性別を決定すべきか、という点が問題になった事案ということができます。

これに対し今回の審判例では、性染色体や性腺、解剖学的性(内性器および外性器の性別)のいずれもが女性型であるにもかかわらず、本人の性自認や社会的な性を重視して、戸籍の訂正(女性から男性へ)が許可されたのです。

ーーということは今後、性分化疾患ではない「トランスジェンダー」の人でも、手術なしで性別変更が認められる可能性がある?

2016年の審判例では、申立人が(性分化疾患の一つである)副腎性器症候群であることや、同症候群では胎児期の高いテストステロンが脳の男性化を決定すると推測されていること等も重視されていることから、直ちに性分化疾患ではない性同一性障害者に戸籍訂正の道を開くものではないかもしれません。しかし、個人の性別決定に当たっては、(身体的性別だけではなく)社会的な性を重視すべきであるとした点については、非常に参考になるものと考えます。

●世界的には、戸籍の性別変更に適合手術は不要の流れ

ーー広島高裁岡山支部では、トランスジェンダーの当事者が性別適合手術を受けずとも、戸籍上の性別を変更できるよう求めて争っているが…

性別適合手術は、一般の方が想像するよりもはるかに身体的負担の大きい外科手術です。また、現在の日本では健康保険の適用がありませんので、それにかかる数百万円の費用を自ら支出しなくてはなりません。

何より、このような自らの意に沿わない性別適合手術の強要は、性同一性障害者を含むトランスジェンダー当事者に対する明白な人権侵害であるという考え方が、国際的には主流になりつつあります。

たとえば、2014年5月30日に世界保健機関(WHO)などの国連機関が共同発表した報告書(「強制・強要された、または不本意な断種手術の廃絶を求める共同声明」)では、各国に対し、トランスジェンダーの人々に対する生殖能力をなくす「断種手術」の強制(断種手術を性別変更等の要件にすることも含む)をやめるよう勧告しています。

2016年のILGAヨーロッパの報告書によると、ドイツやイギリスなど、性別変更に関する法的手段を有する30カ国中15カ国で生殖不能が要件とされていません。また、ヨーロッパ人権裁判所は、2017年4月6日の判決で、本人が望まない性別適合手術または不妊化治療を受けることが身体の完全性を尊重する権利の放棄となり、ヨーロッパ人権条約8条の「私的生活の尊重」に違反すると判断しました。今後、ヨーロッパでは手術不要の流れが一層加速すると見られます。

ーーこうした流れは日本にも影響がある?

日本の性同一性障害者特例法では、いまだに性別変更の条件として性別適合手術を要求していますが、その理由は、冒頭で説明したような観念的な懸念のみに基づくものです。性同一性障害者を含むトランスジェンダー当事者に関する知識・理解が社会で広く共有されれば、必然的にこのような要件は削除される方向に進んでいくと思います。

ーー性別変更が容易になることには批判もあると思うが…

もちろん、本人の希望に応じていつでも気軽に性別変更ができるようにすべきだと主張するつもりはありませんし、そのような見解は一般的ではありません。誰が見ても明らかに男性だという人が、突然「自分は明日から女性になる」と宣言しても、それを法律に反映する必要はないでしょう。

そうではなく、社会生活上、男性として暮らしているにもかかわらず、法令上の取扱いのみ女性であるという人の不都合を解消すべきではないか、という問題意識です。

法律は個人の社会生活を規律するためにあるルールなのですから、個人の性別を決定するにあたっては、本人の社会生活上の性を重視すべきであるという見解にも、一定の合理性が認められるのではないでしょうか。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

原島 有史
原島 有史(はらしま ゆうじ)弁護士 早稲田リーガルコモンズ法律事務所
青山学院大学大学院法務研究科助教。LGBT支援法律家ネットワークメンバー。特定非営利活動法人EMA日本理事。過労死問題や解雇などの労働事件、離婚・相続などの家事事件などに関わる傍ら、LGBT支援の分野でも積極的に活動している。

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