兵庫県洲本市(淡路島)で民家2軒の住人計5人が刺殺された事件で、兵庫県警は3月9日、40歳の無職男性を逮捕した。逮捕容疑は殺人未遂だったが、翌10日に殺人容疑に切り替えて送検した。
報道によると、男性とみられる人物がネットで「電磁波犯罪と集団犯罪を行っている」などと被害者への中傷とみられる書き込みをしていた。また、一部のメディアは、過去に兵庫県内の病院で「妄想性障害」と診断されていたと報じている。検察は、責任能力の有無を調べる精神鑑定をするための鑑定留置を検討しているそうだ。
殺人などの重大事件で、被疑者や被告人に「責任能力」があるのかという点が、たびたび争点となる。この責任能力の有無は、刑事事件においてどういった意味があるのか。元検事の山田直子弁護士に聞いた。
●責任能力には、2つの要素がある
「責任能力とは、犯罪行為に対する刑事責任を、その行為者に認めるための『前提』となる要件です。責任能力がない人に、刑事罰を与えることはできません。
なぜなら、ことの良し悪しを判断できない人が違法行為をしたからといって、その人を非難することはできないからです」
山田弁護士はこのように述べる。具体的には、どういった内容だろうか。
「責任能力は、(1)事理弁識能力と(2)行動制御能力という二つの要素から成り立っています。
(1)事理弁識能力とは、ものごとの良し悪しを判断する力のこと、(2)行動制御能力とは、それに従って自分の行動を抑制できる力のことです。
この2つの力がどちらも備わっていて、はじめて『責任能力がある』といえます」
つまり、どちらか一方が欠けていれば「責任能力がない」と判断されるわけだ。
「はい。責任能力が欠けている状態を、刑法では『心神喪失』と言います。刑法では『心神喪失者の行為は、罰しない』と規定されています(39条1項)。
これに対し、事理弁識能力・行動制御能力が欠けてはいないけれど、著しく低い状態を『心神耗弱(こうじゃく)』といいます。『心神耗弱』の状態で犯罪行為をした場合、刑罰が軽くなります(刑法39条2項)」
●精神科医などの専門家が判断するわけではない
実際の裁判では、責任能力の有無は、誰が判断するのだろう。精神科医などの専門家だろうか。
「いえ、心神喪失・心神耗弱は、精神医学上の概念ではなく『法律上の概念』です。最終的な判断は、裁判所がすることになっています」
どのような手順で判断するのだろう。
「裁判所はまず、犯行時の本人の精神の発達(精神障害の程度)や心理状態(事理弁識能力、行動制御能力の程度)を確定します。
これは、本人の犯行前の生活状態や病状、犯行の動機や犯行の態様などから判断します。
そのあと、本人の精神障害が、本人の事理弁識能力・行動制御能力にどのような影響を与えたかを判断します。この影響の大きさしだいで、正常だったか、心神喪失・心神耗弱状態だったか、結論が分かれます。
精神の発達や心理状態の認定のために、精神医学・心理学等の専門家による精神鑑定が行われることも少なくありません。この場合、裁判所は、精神鑑定の結果を踏まえた上で判断します」
裁判になる前に判断されることもあるのか。
「起訴前の捜査段階において、行為者に責任能力がないことが明らかなケースもあるでしょう。そうした場合は、検察官の判断で、『心神喪失』を理由として不起訴処分とされることもあります」
山田弁護士はこのように述べていた。