法律ではなく「魔法」を武器にする弁護士が降臨した——。「魔法使い」を意味する名前を冠した「銀座ウィザード法律事務所」を東京・銀座に構える弁護士の小野智彦さんは、10年以上、マジシャンとして活躍してきた。単独のマジックショーだけでなく、音楽家とのコラボレーションにも取り組むなど、多彩な活動を展開している。弁護士が繰り出す「魔法」はどんなものだろうか。(取材・構成/具志堅浩二)
※小野弁護士の動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=AzZMtn3IwjE
●フツーの応接机がマジックの「ステージ」に
どんな「魔法」を見せてくれるのか、楽しみにしながら事務所を訪れた。迎えてくれた小野さんはトランプの絵柄がついた黒い敷物を広げ、ごくフツーの応接机をマジックの「ステージ」に変えた。その上に、トランプを手際良く広げる。
「どれでも好きなカードを選んでください」
そう勧められて選んだ「ハートの7」を、小野さんはトランプの束に差し込む。束の上から順にカードをめくると、現れたのは「ハートのJ」続いて「スペードのK」だ。「ハートの7」ではないことを確認させると、小野さんは「おまじない」と言って、指を弾いた。
パチン。
乾いた音が響いた後、小野さんが一番上のカードをめくってみせると、現れたのは「ハートの7」だった。
何度もやってもらった。指が鳴る瞬間、トランプの束を見つめても、なぜ「ハートの7」が一番上に出てくるのかが見えない、わからない。
マジックを演じる間、小野さんは終始笑みを浮かべていた。弁護士の取材をするとなると、つい身構えてしまうこともあるが、とてもリラックスすることができた。
●空き時間があればいつでも練習
小野さんは昔から、マジックに興味があったわけではないそうだ。マジックを始めたのは約10年前、当時まだ幼かった長男と一緒に楽しめる何かを見つけたい、と考えたのがきっかけだった。仕事は多忙で、帰宅時間も連日遅かった。このままでは子どもとのコミュニケーションが不足してしまう、という危機感もあった。
ある日、オモチャ屋で実演していたコインマジックに興味を引かれ、その製品を購入して試してみた。練習の後、子どもの前でマジックを演じると、子どもは大喜び。それからは、親子でマジック好きになった。
2005年、プロマジシャンも所属するマジックサークル「プリンあらモードMagicエンターテインメントクラブ」に加入した。2006年には日本奇術協会の賛助会員になった。舞台への出演も次第に増え、いつしかマジシャンとしての道を歩んでいた。
マジシャンと観客の間に存在していた「壁」が、マジックの力で取り払われ、お互いに親しみを感じられることがある。それがマジックの魅力の一つだと、小野さんは言う。「時には親友になって、肩を抱き合って飲んだり。そこがマジックのたまらない魅力で、コミュニケーションツールの中でも最強じゃないかと思います」。
だが、マジックのために、まとまった時間を作るのは難しい。そこで、ポケットにはコインを、自動車の助手席にはカードを備え、空き時間があればいつでも練習できるようにしている。来年2月に予定されている音楽家との合同公演についても、細切れの時間を有効活用して、本番に備えている。
●離婚相談をテーマにしたマジックも
そんな小野さんは中学時代、音楽の道に進みたいと考えていたのだという。「芸大に進み、ゆくゆくは指揮者としてステージに」という夢を抱いていたが、親から反対され、断念した。高校は、勧められるがままに進学校を選択し、卒業後は中央大学に進学した。
大学では、司法試験の合格を目指すサークルに所属。そのサークルが縁で知り合った先輩弁護士の「弁護士というのは、庶民と一緒に泣いたり笑ったりできる唯一の仕事だ」という言葉が、弁護士を志す決め手となった。
「自分の芸で、目の前の人々を喜ばせることができるエンターテイナーになりたいと思っていました。それを体現できる仕事は医者か弁護士かな、となんとなく考えていたのですが、その思いと先輩の言葉がピッタリあったんです」
マジシャン、弁護士、そして指揮者。ジャンルは違うが、目の前の人々の反応がダイレクトに伝わってくる仕事、という点で共通する。指揮者としてはステージに立てなかったが、小野さんは今、マジシャンとして、そして弁護士として「ステージ」に立っている。
離婚相談など、法律をネタにしたマジックも創作した。演じた後、法律相談が何件か寄せられることもあるという。「マジックをやると、弁護士に対して感じていた壁が一気に崩れるようです。マジック様々ですね」。
今後の目標は「日本全国の人々と友達になり、困った時に相談されるような存在になること」だという。小野さんにとっての「ステージ」は、これからも広がりつづける。