埼玉県三郷市の市立小学校で2022年、同級生から「家畜」「パシリ」などと呼ばれるいじめを受けた児童は、次第に学校に通えなくなり、適応障害を発症した。
学校は早い段階でいじめを把握していた。欠席が増え、自殺を示唆するメモが見つかったことも知っていた。
しかし、「いじめ重大事態」として市教育委員会に報告したのは、児童が小学校を卒業したあとのことだった。
被害児童が三郷市を相手取り300万円の損害賠償を求めた訴訟で、さいたま地裁(桃崎剛裁判長)は10月22日、学校側の対応に注意義務違反があったと認め、市に慰謝料など88万円の支払いを命じた。
判決後、保護者は「学校がいじめを把握した後、どのように対応したのかが裁判で問われたことに意味がありました」と語った。(ライター・渋井哲也)
●「家畜」「パシリ」給食をめぐるからかいから不登校に
判決によると、いじめが始まったのは2022年4月。小学6年生だった被害児童は、給食を早く食べ終わることを同級生から冷やかされ、「家畜」「パシリ」「陰キャ」などと呼ばれた。
これらの発言がいじめにあたることについて、裁判で争いはなかった。
担任は双方の児童から話を聞き、加害児童を指導した。学校も4月28日、市教委に「いじめ事案」として報告した。
しかし、被害児童は5月の連休以降、欠席が増え、登校しても保健室で過ごすようになった。その後も加害児童から「陰キャ」などと言われ、7月には「保健室登校なの知ってるよ」と声をかけられた。
そんな中、保護者は子どもの衣服のポケットから「死です」「自殺です」と書かれたメモを発見した。
保護者は学校に伝え、学校側もその状況を把握した。
それでも、被害児童は8月30日以降、連続して欠席するようになり、9月12日には、その年度の欠席日数が30日に達した。
その後も不登校は続き、中学校に進学してからも、入学式の翌日から欠席した。
●「重大事態」の報告は約10カ月後
いじめ防止対策推進法では、いじめによって児童生徒が相当の期間、学校を欠席するなど、重大事態が発生した疑いがある場合、学校は設置者に報告することが求められている。
不登校については、年間30日の欠席が一つの目安とされている。
今回のケースでは、被害児童の欠席が長期化し、自殺を示唆するメモまで見つかっていた。
ところが、学校が「いじめ重大事態」として市教委に報告したのは2023年7月。欠席日数が30日に達してから約10カ月後で、すでに被害児童は小学校を卒業していた。
さいたま地裁は、学校側について「おそくとも2022年9月中旬には、重大事態として市教委に報告し、調査に着手すべき職務上の注意義務を負っていた」と指摘。その義務を怠ったと判断した。
被害児童は、いじめをきっかけに重度ストレス反応適応障害を発症。睡眠薬を服用し、通院を続けている。学校に近づくだけでパニック症状が生じるなど、深刻な影響が続いているという。
2024年2月には、市いじめ問題調査委員会も、いじめが不登校の原因になったことや、2022年9月12日時点で重大事態が発生していたことなどを認定した。
しかし、保護者には納得できないことがあった。
「小学校でいじめがあったことは認められましたが、いじめがあったときに学校がどう対応したのかは、明らかになりませんでした。それでは再発防止につながらないと思い、訴訟を起こしました」
●いじめ発生から不登校までの違法性は認めず
裁判では、学校側の対応がどこまで違法だったのかが争われた。
その一つが、2023年1月に起きた出来事だ。
被害児童は下校中、偶然出会った加害児童に「殺してほしい」「あなたいじめっ子、私いじめられっ子でしょ」と発言した。
保護者側は、この発言を知った担任が、被害児童の気持ちや発言の理由を聞かず、頭ごなしに叱りつけたと主張した。
一方、市側はこれを否定した。
裁判所は、被害児童が「担任から叱られたと感じたこと」は認めたものの、指導に至る経緯や具体的な内容、担任の語気や口調などが明らかではないとして、保護者側の主張を認めなかった。
保護者は当時をこう振り返る。
「子どもから加害児童に『殺してほしい』と言ったと聞きました。私はびっくりして学校に連絡しました。
その後、子どもと一緒に学校へ行くと、担任が突然、『なんでそんなこと言ったんだ』と怒り始めました。
『苦しいからですよ』と言いましたが、このときは録音していませんでしたので認められなかったのは仕方がない」
判決は、いじめが発生してから不登校になるまでの学校側の対応については、違法性を認めなかった。
●不登校が長期化したあとの対応を問題視
一方、裁判所が問題視したのは、不登校が長期化したあとの対応だった。
学校側が重大事態として速やかに報告・調査しなかったことについて、注意義務違反を認めた。
さらに判決は、被害児童が小学校を卒業するまで不登校の状態が続き、不眠やフラッシュバックなどに苦しんだことについても、学校側の注意義務違反との間に「相応の因果関係が認められる」と判断した。
保護者は、学校の対応に疑問を感じ続けてきたという。
「不登校になったときには、学校は再発防止に努めたりする必要があったはずです。
しかし、学校から言われたのは、子どもを病院に連れていくことばかりでした。
何が原因なのか、学校で何が起きているのかについて、情報共有がされていなかったと感じています」
●「和解ではなく判決を選んだ」
今回の判決で、保護者側の主張がすべて認められたわけではない。
それでも、保護者は裁判を起こしたことに意味があったと受け止めている。
「泣き寝入りすると悔いが残ると思い、裁判をやれるだけやってみました。和解という話もありましたが、判決を選んだのは、学校がどのように対応したのかをきちんと公にしたかったから」
学校はいじめを把握し、加害児童を指導していた。それでも、被害児童は学校に通えなくなり、自殺を示唆するメモまで残していた。
いじめを把握して指導しただけで、学校の責任が終わるわけではない。
今回の判決は、その後も子どもの状況を見極め、重大事態が疑われる場合には速やかに報告・調査する必要があることを、改めて示した。