知人女性に暴行を加えたとして傷害の疑いで逮捕され、その後、処分保留で釈放された人気アイドルグループ「timelesz」の猪俣周杜さん。所属事務所は9月30日付で専属契約を解除した。
猪俣さんを起用していたCMへの影響や、事務所が負担する可能性のある損害はどうなるのか。さらに、猪俣さん本人への請求や今後の芸能活動には、どのような問題が生じるのか。芸能問題にくわしい河西邦剛弁護士に聞いた。
●CM中止で事務所はいくら負担する?
──今回のような騒動を受けてCMの放送中止や差し替えが生じた場合、スポンサー(広告主)は所属事務所に対して、どこまで損害賠償を請求できるのでしょうか。
費用負担については、法律や契約に沿って一律に決まるというよりも、今後の関係を含めたビジネス上の話し合いによって調整されることがほとんどです。
一般的に、広告主、広告代理店、芸能事務所の三者間で広告出演契約を結びます。1年契約で、年間の契約金や出演料などが定められていますが、その大半を契約金が占めることになります。
広告出演契約では、タレントのイメージを損なわないようにする「イメージ保持義務」が芸能事務所に課されます。ただ、猪俣さんがこの義務に違反したかどうかは、法律上は厳密に考える必要があります。
逮捕当初、猪俣さんは「手が当たっただけ」と容疑を否認していました。その後、示談が成立したとの報道とともに釈放されています。
一般的に、被害者側は加害者側が事実関係を認めて謝罪することを前提として示談を受け入れるケースが多いため、示談が成立していることからすれば、猪俣さんが傷害行為について一定程度認めている可能性はあると思います。
さらに、所属事務所も「猪俣に弊社との専属契約上の重大な違反が認められ」と発表しています。こうした事情から、イメージ保持義務に違反したと評価される可能性はあるでしょう。
契約書上は、広告主が芸能事務所に対して契約を解除したり、損害賠償を請求したりできる規定になっています。ただ、実際に一方的に請求したり、裁判になったりするケースはほとんどありません。
広告代理店と芸能事務所は、timelesz以外のグループも含めて継続的な取引があり、双方にとって重要な取引先です。また、広告代理店にとって広告主は大口のクライアントです。広告代理店を軸として、三者が継続的なビジネス関係にあるわけです。
そのため実際には、契約金については、CMを使えなくなった期間に応じて日割りで返金し、再撮影費用については事務所側が負担するといった内容で着地することが多いです。
●事務所から猪俣さん本人への請求は?
──所属事務所がスポンサーに違約金や損害賠償金を支払った場合、その全部または一部を猪俣さん本人に請求することは可能なのでしょうか。
猪俣さんが傷害行為を認めているのであれば、契約上、事務所側が猪俣さん本人に請求することは可能だと考えられます。
芸能事務所とタレントは専属マネジメント契約を結びますが、タレント側の遵守事項として、刑法その他の刑罰法規に違反しないことなどが定められています。そうした規定への違反が認められれば、猪俣さんに損害賠償義務が生じる可能性があります。
ただし、猪俣さんの資力にも限界があり、仮に数千万円規模となれば、全額を負担することは現実的に難しいでしょう。
また、実際に裁判になれば、猪俣さん側から「事務所が経営判断として負担した費用であり、その全額を自分が負担するのはおかしい」といった反論が出ることも考えられます。
今回の契約解除にあたっても、損害賠償を支払うかどうか、その金額や支払い方法などについて、事務所と猪俣さんとの間で協議されている可能性はあると思います。
──仮に示談が成立せず、猪俣さんが一貫して否認したまま、嫌疑不十分で不起訴になったり、起訴後に無罪判決を受けたりした場合はどうでしょうか。
前例の少ないケースではありますが、その場合、事務所が猪俣さん本人に損害賠償を請求することは、法律上かなり難しくなる可能性があります。
●退所翌日から活動再開することも「法律上は可能」
──所属事務所との契約を解除された猪俣さんが、今後芸能活動に復帰する場合、法的にはどのようなハードルが考えられるのでしょうか。
法律上は、芸能活動を再開すること自体に制約はありません。
今回は示談が成立したと報じられていますが、刑事手続きはまだ進行中で、最終的な処分は決まっていません。
ただ、刑事手続きが進行中であっても、表現活動や芸能活動そのものが法律上制限されるわけではありません。
すでに事務所を退所している以上、たとえばSNSなどのプラットフォームを利用して、退所翌日から配信活動を始めることも法律上は可能です。
一方、今回の契約解除にあたり、事務所と猪俣さんとの間で、解除後の活動について一定の取り決めが交わされている可能性はあります。
たとえば、違約金の免除や減額などを条件として、一定期間は芸能活動や発信活動をしないことや、知名度を利用した仕事に就かないことなどを合意することは、双方にとってメリットがあり得ます。
一般的に、芸能人の移籍や事務所退所後の活動を制限する「競業避止義務」は、広すぎる内容であれば無効と判断される可能性があります。
ただ、今回のように契約解除時の具体的な条件として双方が合意していた場合には、その内容や期間、制限の程度などによって判断が変わり得るため、一概に無効とは言えないと思います。