一人の受刑者が塀の中から起こした裁判が、最高裁の大法廷で審理されることになった。
争われているのは、受刑者の選挙権だ。まさに今、衆院選の真っ只中だが、服役している人には投票権が認められていない。この公職選挙法の規定が憲法に反するかどうかについて、最高裁が判断を示す見通しとなった。
今年3月に刑期満了を迎える原告の男性は「最高裁には、受刑者としてではなく、一人の人間として対峙してほしい」と期待を寄せる。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●2021年の衆院選や2022年の参院選に投票できず
提訴したのは八木橋健太郎さん(40)。約2億円相当の仮想通貨「ビットコイン」をだまし取った事件で、2019年9月に懲役7年の実刑判決を受けた。
受刑者の選挙権について、公職選挙法11条は次のように定めている。
11条 次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。 二 拘禁刑以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者 三 拘禁刑以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。)
八木橋さんは長野刑務所に収容されていた際、この規定を理由に、2021年の衆議院議員選挙と最高裁裁判官の国民審査、翌2022年の参議院議員選挙で投票できなかった。
一方で、日本国憲法には次の条文がある。
第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。 3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
このギャップに疑問を抱いた八木橋さんは2022年8月、受刑者の投票を制限する公職選挙法は選挙権を保障している憲法に違反するとして提訴した。
●一審、二審とも「合憲」 「判断方法が判例違反」と上告
一審の東京地裁は2023年7月、「受刑者が自ら法秩序を著しく害した者である」点を踏まえ、公職選挙法の規定は選挙が公明かつ適正に実施されるために定められており、選挙権の制限が服役中のみであることなどから合理性があると判断し、合憲と結論づけた。
二審でも請求は退けられたが、判断の枠組みは一審と異なった。
東京高裁は2024年3月、在外邦人選挙権訴訟に関する2005年の最高裁判決が示した「選挙の公正を害した者等は別として、選挙権やその行使を制限するにはやむを得ないと認められる事由がなければならない」という基準を踏まえて、受刑者は「選挙の公正を害した者等」に含まれるとして合憲と判断した。
最高裁判所(弁護士ドットコムニュース撮影)
●被告人は郵便で投票、受刑者でも憲法改正の国民投票は可
これに対して、八木橋さん側は「この判断手法は判例に違反する」として最高裁に上告した。
具体的には、「やむを得ないと認められる事由」を判断しないまま、その前段階で「選挙の公正を害した者等」にあたると認定して合憲を導いた点を問題視している。
また、刑が確定していない被告人は郵送で投票が可能であることから、受刑者が投票しても刑事施設の管理に支障はないと主張。さらに、受刑者でも憲法改正の国民投票には参加できる点との矛盾にも疑問を呈している。
●受刑者の選挙権制限、初の大法廷の憲法判断となるか
選挙権をめぐっては、在外邦人や成年被後見人についても、かつては制限があったが、それぞれ2005年と2013年に違憲判決が出て法律が改正された経緯がある。
最高裁判例は、選挙権の制限は原則として許されず、「やむを得ない事由」がある場合に限り認められるとしている。
受刑者の選挙権については、大阪高裁が2013年に「違憲」、広島高裁は2017年に「合憲」との判断を示している。
しかし、ともに最高裁の判断が示されなかったため、今回、最高裁が結論を示せば、初めての判断となるとみられる。
●刑期満了まで残り約1カ月、「大法廷に回付」の知らせ
八木橋さんの刑期は3月8日に満了する。それまでは仮釈放中であっても、法的には受刑者の扱いとなる。
そのため、突然の解散で実施されることになった今回の衆議院選挙でも、一票を投じることはできない。
まだ刑務所にいた2年前に上告していたが、刑期満了まで約1カ月に迫った今年1月21日、代理人弁護士から「大法廷に回付された」との知らせを受けた。
裁判所法10条は、大法廷で審理される場合について定めている。
10条 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。 1 当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。) 2 前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。 3 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。
つまり、「大法廷への回付」は、受刑者の選挙権制限の是非を、最高裁の裁判官15人全員で審理することを意味する。
最高裁判所事件統計年表によると、年によって変動はあるものの、大法廷が憲法判断を示す事件は、年間約2000件の上告事件のうち、わずか数件〜十数件ほどにとどまる。
「最高裁には、受刑者ではなく一人の人間として対峙してほしい」と話す八木橋さん(2026年1月29日、東京都港区で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●八木橋さん「15人の裁判官全員一致の違憲判断を」
「正面からやっと向き合ってくれました。最高裁には、世論に流されず、淡々と判断してくれたらと思っています。もちろん、受刑者の選挙権を制限する公職選挙法の規定を違憲と判断してほしいです。さらにいえば、15人の裁判官全員一致で違憲を出してほしい」
八木橋さんはそう期待をにじませつつ、最後にこう話した。
「もし機会があれば、最高裁の法廷で意見陳述をしたいです。僕は八木橋健太郎という名前を持った一人の人間なので、最高裁の裁判官たちには、受刑者としてではなく、一人の人間として対峙してほしいと思っています」