兵庫県神戸市で2023年6月、スーツケースに入った状態で見つかった穂坂修(なお)ちゃん(当時6歳)の遺体。この事件をめぐり、神戸地裁は母親とその妹2人に有罪判決を言い渡した。
判決では、きょうだい間でマインドコントロールの状況が生まれていたことが認定された。一方で、この事件は「家庭の問題」だけで片づけられるものではない。
神戸市が設置した「児童虐待死亡等事例検証委員会」が2025年1月、詳細な検証報告書を公表。そこでは、保育園による通告の遅れ、行政によるリスク評価ミス、児童相談所と行政の連携不足など、複数の「防げた可能性」が指摘されていた。
6歳児の命は、なぜ守れなかったのか。判決を受けて、改めて浮かび上がる行政対応の問題点を報告書の内容から振り返る。
●リスク評価にミス
報告書によると、修ちゃんが通っていた保育園は2023年4月20日、久しぶりに登園した修ちゃんの体に複数のあざを確認した。
翌21日には、修ちゃん本人から「祖父に叩かれた」「物をつかむおもちゃで叩かれた」といった証言も得ていた。
それにもかかわらず、区役所への通告は週明けの4月24日だった。
この対応について、報告書は「迅速な通告ルールが遵守されていなかったという問題点が見られた」と指摘している。
さらに行政のリスク判断においても重大なミスがあった。
区役所が作成したアセスメント・シート(子育て支援チェックリスト)では、計算式の欄に誤った計算結果が記載されていた。
その結果、本来は、よりリスクの高いC評価(A・Bへの移行が懸念されるレベル)となるはずが、最もリスクの低いE評価(支援により不適切な養育が改善されるレベル)と判定されていたという。
報告書はこの点について、「組織として、この誤りに気づかず、シートを適切に活用したリスク・コミュニケーションができなかった」と分析している。
草むらに放置されたスーツケースから穂坂修ちゃんの遺体が見つかった事件では、行政の対応にも問題があったことが指摘された(神戸市児童虐待死亡等事例検証委員会が公表した報告書をもとにNotebookLMで作成)
●「行政組織間の縦割りの弊害が現れた」
報告書は、児童相談所(神戸市こども家庭センター)と区役所の連携不足、そして児童相談所内部の縦割り構造がもたらした弊害についても踏み込んでいる。
2023年5月1日、修ちゃんの体に新たなあざが確認され、区役所は一時保護の可能性を児童相談所に伝えた。しかし、児童相談所は、翌日の面接に祖母らが来なかったことなどを理由に一時保護を保留した。
その後、児童相談所は5月17日に区役所へ「終結する方向」と伝え、翌18日に終結を決定した。子どもに直接会って安全を確認しないままだったという。
報告書はこの判断について、次のように厳しく指摘する。
「『養護相談』の枠組みで対応することにしたのか、『虐待介入』の枠組みで対応することにしたのかは、あくまで、行政側の都合である」
「送致があったか否かという枠組みにとらわれており、いわば“行政組織間の縦割りの弊害”が現れた」
●組織内の「心理的安全性」が欠如
報告書がさらに指摘したのが、組織内の「心理的安全性」の欠如だ。
「区役所や児童相談所の担当職員が懸念することがあっても、部署内や部署外で率直にその意見を話し、その意見が取り上げられ、議論される場所や雰囲気が欠けていて実際にオープンな議論による意思決定は行われなかった」
現場の職員の中には危機感を抱いていた者もいた。しかし、その声は組織としては吸い上げることができなかったとされる。
●「ヒヤリ・ハット」をインシデント扱いに
再発防止策として、報告書は、航空業界や医療業界で用いられている安全管理の考え方を導入すべきと提言する。
誰か一人でも子どもの安全面の懸念を感じた場合には、アセスメントを再検討するなど、複数のチェックポイントを働かせたり、重大事例に至らない「ヒヤリ・ハット」でもインシデントとして取り上げる仕組みを構築すべきとしている。
報告書は、次の言葉で締めくくられている。
「本児が感じた恐怖、身体に受けた苦痛、そしてその死に報いるよう、そして虐待から子どもを守るための社会のシステムがより有効に機能していくことに、本委員会での検証結果と提言が生かされ、虐待やその連鎖を断ち切ることができる社会に一歩でも近づくことを、検証委員一同心から願っています」