5日深夜に発生した脱線事故の影響で運休などの影響が出ていた東急田園都市線は、7日から通常通りの運転に復旧しました。同日、東急電鉄の福田誠一社長は記者会見で「深くお詫びを申し上げます」として、謝罪しています。
報道によると、復旧まで田園都市線と大井町線で計1107本が運休、約65万2000人に影響があったとのことです。仕事に遅れたり、タクシーなどの別の交通機関を利用して余計な出費がかかったという方も多数いると思われます。
電車の運休によって、仕事で損害が生じたり、余計な出費がかかったりした場合、鉄道会社に補償を求めることはできるのでしょうか。
●運賃は払い戻してもらえるが、定期券は扱いが異なる
鉄道会社と利用者の間には、切符の購入やICカードでの改札通過によって「旅客運送契約」が成立します。この契約内容は「旅客営業規則」という約款によって詳細に定められており、法的な拘束力を持ちます。
今回のような運行不能が発生した場合、規則に基づき利用者には以下の権利が認められます。
運賃の払い戻しについては、普通乗車券(片道切符など)の場合、旅行開始前に運行不能となったために乗車券が不要となったときは、規則第282条第2項に基づき全額払い戻しが受けられます。旅行途中で運行不能となった場合も、規則第282条の2に基づき、旅行中止駅・着駅間の未乗車区間の運賃が払い戻しされます。
一方、定期券の場合は事情が異なります。運行休止が引き続き5日以上となった場合(規則第288条)に限り、有効期間の延長または運賃の払い戻しが認められます。
今回のように2日間の運休では、規則上の基準を満たさないため、払い戻しや期間延長が認められる可能性は低いと考えられます。これは、定期券が一定期間内の乗り放題を約するものであり、数日間の不通は契約上許容されるリスクの範囲内と解釈されるためです。
また、他経路乗車(振替輸送)が実施された場合、規則第285条に基づき、旅客は同一目的地に至る最短経路による乗車ができます。
この場合、規則第285条第3項により、定期乗車券等を使用する旅客については、実際の乗車区間と運賃を比較した過剰額の払い戻しおよび不足額の収受をしないことが明記されています。
これは、鉄道会社が代替手段を提供することで契約上の主たる義務を果たしたとみなされ、それ以上の金銭賠償責任を免れる仕組みとなっています。
●休業損害など請求の高いハードル
運賃の払い戻しを超えて、遅刻や欠勤による賃金カット(休業損害)、重要な商談の機会損失、予約済みイベントのキャンセル料などの「派生損害」を請求できるかが、多くの利用者の関心事でしょう。
規則第290条の3第2項は、以下のように規定しています。
「旅客は、列車等の運行不能もしくは遅延が発生した場合…、前項に規定するものを除いて、その原因が当社の責に帰すべき事由によるものであるか否かにかかわらず、一切の請求をすることはできない。」
「前項に規定するもの」とは、運賃の払い戻し(第282条の2など)や無賃送還(第284条)といった、規則に明記された限定的な対応のことです。この第290条の3第2項こそが、鉄道会社が民法上の債務不履行責任(民法415条)や不法行為責任(民法709条)に基づく休業損害や機会損失といった派生損害の賠償請求を、約款によって包括的に排除している根拠規定となります。
したがって、法的には、事故の原因が鉄道会社の「帰責事由」(過失)によるものであっても、この規則が有効である限り、個別の派生損害の請求は極めて困難となります。
なお、鉄道会社と利用者の運送契約は消費者契約法の適用対象です。そのため、規則に定められた責任免除の条項(第290条の3第2項など)であっても、鉄道会社側に重大な過失がある場合や、免責が不当に一方的であると判断される場合には、その効力が否定される可能性があります。
●現実的な対応策
影響を受けた利用者がとるべき対応としては、以下が考えられます。 まず、証拠の確保が重要です。遅延証明書、代替交通機関を利用した際の領収書、休業損害を証明する給与明細や勤務先の証明書など、関連する書類はすべて保管しておくべきでしょう。
次に、運賃の払い戻し請求については、東急電鉄の駅窓口やお客様センターに問い合わせることで、旅客営業規則に基づく対応が受けられます。普通乗車券の未乗車区間については、比較的容易に払い戻しが認められる可能性が高いといえます。
一方、派生損害の賠償請求については、現時点では慎重に判断すべきです。公式調査の結果、東急電鉄側に重大な過失があったことが明らかになるという特段の事情がない限り、法的措置に踏み出すことは高いハードルがあることを理解しておく必要があります。