後払い決済サービス「ペイディ」のアカウントを悪用し、2024年9月以降、iPhone約1000台(計約1.6億円)を不正購入・転売したとして、会社役員ら3人が電子計算機使用詐欺罪の容疑で逮捕・起訴されたと読売新聞(4月9日付)などが報じています。
報道によれば、この事件では、福岡大の学生ら約100人が、1~2万円の報酬で自身のアカウント情報を提供し、その多くが十数万円の請求を受け、支払いを余儀なくされています。アカウントの提供者が他の学生を勧誘するなどして不正請求が拡大したとみられます。
なお、起訴された3人のうち2人は容疑を認め、執行猶予付き判決が確定していますが、主犯格とみられる1人は「支払い意思はあった」と主張し、審理が続いているそうです(4月9日付け読売新聞)。
電子計算機使用詐欺罪とはどういう犯罪なのか、またアカウント情報を誰かに譲渡することに法的な問題はないのか。簡単に検討してみました。
●ペイディのアカウントを他人に売ってしまった背景
「ペイディ」は、株式会社Paidyが提供する後払い決済サービスです。支払い方法も一括払いのほか、手数料無料で3回、6回、12回の分割払いが出来ます。iPhoneなどのApple社製品を購入する際に、利用したことのある方もいらっしゃるでしょう。
ペイディは、メールアドレスと携帯電話番号のみでショッピングできる点が特徴です。
一般的には、「アカウントを売る」となれば、住所やクレジットカード番号などの個人情報を教えなければならないように思えます。
しかし、ペイディのアカウントを売る、と言われた場合、実際に教えるのはメールアドレス、携帯電話番号と、決済時にペイディが発行する認証番号のようです。
メールアドレスや携帯電話の番号は、普段から友人などに教えることが多い情報ですから、これを教えるだけでお金をもらえると言われて気が緩んでしまった方が多いと思われます。
●学生自身も罪に問われるおそれ
さらに、読売新聞記事によれば、アカウントを提供した後、募集する側に回って報酬の一部をピンハネしていた学生がいることも報じられています。
募集する側に回った後、iPhoneを不正に取得して転売すれば、当然ながら自分自身も電子計算機使用詐欺罪(後述)に問われます。
また、自分で転売しなくても、入手したアカウント情報を不正転売者に提供してしまうと、場合によっては電子計算機使用詐欺罪の幇助犯として処罰されるおそれがあります。
なお、そもそもペイディでは、アカウントの他者への提供は規約違反とされています。規約違反によりペイディ社に損害が生じた場合には、民事上の損害賠償請求を受ける可能性があります。
また、最初から他者に提供するつもりでペイディのアカウントを取得する(=ペイディの利用契約を締結する)ことは、それ自体が詐欺罪(刑法246条2項、10年以下の懲役)に問われるおそれもありますので、絶対にやらないでください(参考:最決平成26年3月28日)。
●電子計算機使用詐欺とは?
この報道にある「電子計算機使用詐欺」というのは耳慣れない犯罪かもしれません。
電子計算機使用詐欺は、刑法246条の2に規定された比較的新しい犯罪です。
「人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。」と規定しています。
電子計算機使用詐欺罪(弁護士ドットコムニュース編集部作成)
見るだけで嫌になってしまいそうな難しい言葉が並んでいますが、おおざっぱに説明すると「電子機器(PCやスマホなど)に嘘の情報を入力して、不法の利益を得る」ような場合に処罰される、というイメージです。
●詐欺罪、窃盗罪、電子計算機使用詐欺罪の違い
詐欺罪(刑法246条)は、「人」を欺かないと処罰されません。
たとえば、自分の銀行口座に誤った振込がある場合に、銀行の窓口で金銭を引き出すと、銀行員(=人)を欺いて財物(=現金)を手に入れているため、詐欺罪が成立します。
他方、同じように自分の銀行口座に誤った振込がある場合でも、窓口ではなくATMで金銭を引き出して、現金を自分のものにした場合、詐欺罪にはならず窃盗罪(刑法235条)となります。
窃盗罪が成立する理由は、「ATMという機械を操作して、機械に入っている現金を取り出した」からです。ジュースの自動販売機に偽物の硬貨を入れて、中のジュースを取り出す場合なども同じように窃盗罪が成立すると考えられています。
詐欺罪も窃盗罪も10年以下の懲役ですので(※窃盗罪には罰金刑も一応ありますが)、処罰のバランスも取れており、実質的にはそこまで大きな問題ではないのですが、困ったケースが出てきます。
それは、上の例と同じように誤振り込みがある場合に、ATMで現金を引き出さずに、自分の口座に振り替えた場合です。
この場合、「人は欺いていない」ので詐欺罪は成立せず、「現金を入手していない」ので窃盗罪も成立しないことになってしまいます。
このように、詐欺罪にも窃盗罪にもならない場合のために用意された処罰規定が電子計算機使用詐欺罪だ、と理解すると分かりやすいかと思います。
ATMの事例であれば、おおざっぱにいえば、ATMという機械に「ウソの情報」を与えて、自分の口座に移し替えることで利益を得ているため、電子計算機使用詐欺罪が成立する、ということになります。
電子計算機使用詐欺罪も10年以下の懲役ですので、刑の不均衡も起こりません。
詐欺・窃盗・電子計算機使用詐欺の区別(弁護士ドットコムニュース編集部作成)