作家、吉本ばななさんは2月25日、無断で自身の名前を著者名として騙っている電子書籍が販売されているとXで投稿しました。
問題の電子書籍は、日本のAmazonで販売されていたもので2月26日午前、ページは削除されている。吉本さんは投稿で「法的に訴えます」としています。
こうした電子書籍は、村上春樹さんなど他の作家の名前でも販売されており、やはり名前を騙っている疑いが持たれています。
吉本さんは法的措置を検討しているとのことですが、どのような法的措置が考えられるのでしょうか。
●吉本ばななさん「こんな本は書いてない」と憤り
吉本さんが指摘しているのは、「世界には時間がない:時間のない世界 時間なき世界」というタイトルの電子書籍でSF風の作品とみられます(2月26日午前、削除済み)。発売日は2月22日で、著者は「吉本ばなな」となっており、名前をクリックすると吉本さんの作品のリストに並んでいました。
吉本さんはこの電子書籍について、こう投稿しました。
「私はこんな本書いてないのでもちろん法的に訴えますが、読者のみなさん間違えて買わないでください。とんでもないことです」
この本以外にも、弁護士ドットコムニュースが確認したところ、村上春樹さんをはじめ、伊坂幸太郎さん、京極夏彦さん、東野圭吾さんら著名作家の名前を使ったとみられる電子書籍がありました。
●パブリシティ権侵害の可能性
では、吉本さんの名前を無断で使用して本を出した場合、どのような法的措置をとれるのでしょうか。
まず、いわゆるパブリシティ権の侵害を理由として、不法行為に基づく損害賠償請求などをおこなうことが考えられます。
前提として、「氏名を勝手に用いられる」ことが不当である、とは誰しも思うことと思いますが、だからといって簡単に損害賠償請求などが認められるわけではない、ということに注意する必要があります。
というのも、誰かが有名人の名前を勝手に利用して利益を上げた場合に、その有名人に「損害」が生じたとは必ずしも評価できないからです。誰かが勝手に利益を得たことと、その有名人が損害を受けたということは別の話だからです。
もちろん、一定のレベルに到達していない作品を「●●先生の作品!」として販売されたせいで、その作家の評価が低下することはありえますし、その場合には名誉権等の侵害を理由として損害賠償請求が認められる余地はあるでしょう。
しかし、そういう場合ばかりではないでしょうし、仮に評価が下落したとしても、その損害額の認定はなかなか難しいのが現実です。
このような場合でも、「顧客誘引力」を利用して得られる利益を保護する概念が、いわゆるパブリシティ権ということになります。
●パブリシティ権侵害で差し止め請求も
たとえば著名人の場合、その氏名や肖像を出すことで商品が売れるわけです。これを顧客誘引力といいます。
そのような顧客誘引力を利用して得られる経済的な利益などを、その著名人が排他的に支配する(=自分だけが独占的に利用する)権利のことを、パブリシティ権と呼んでいる、という理解で良いでしょう(最判平成24年2月2日等参照)。
今回のケースでいえば、「吉本ばなな」というブランドを利用して得られる経済的利益は、吉本ばななさんが排他的に利用できるはずである、という考えです。
このような考え方により、パブリシティ権の侵害を理由として、名前を勝手に使って書籍を販売した者に対して損害賠償を請求することが考えられます。
なお、パブリシティ権侵害に基づいて、損害賠償請求だけでなく、販売の差し止めを請求することも考えられます(東京高裁平成3年9月26日)。
●著作権侵害にはならない
なお、書籍ということから、著作権侵害に問われるのではないかとも考えられそうです。
しかし「吉本ばなな」という作家名を勝手に使われたからといって、著作権侵害になる、というわけではありません。
著作権は、作品を創作した人(著作者)に対して生じる権利であって、作家の名前に対して生じる権利ではないからです。
一方で、「吉本ばなな」という作家名を、商標として登録することはあり得ます。登録されているのであれば、商標権侵害の問題は生じ得ます。
ただし、弁護士ドットコムニュースが「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」で確認したところ、現時点(2025年2月26日)では、「吉本ばなな」という商標は登録されていないようです。