俳優・声優の春名風花さん(23歳)は、9歳でTwitter(現X)を始めてからずっとSNSの誹謗中傷に悩まされてきた。複数の相手に法的措置をとる中で、このほど、最も長期にわたって加害を続けてきた男性に約300万円の賠償金の支払いを命じる判決が出た。
判決では1000件以上の投稿が名誉毀損や侮辱にあたると認められたが、賠償額は1投稿あたり3000円足らずとなったことから、SNSでは「安すぎる」という反応がみられた。
春名さんは、数年前に示談金の支払いを受けて「お金もらえていいね」など言われた経験を踏まえて「誹謗中傷をめぐる社会の意識が変わった」と振り返る。
十数年を経て、ネットの誹謗中傷を取り巻く環境はどのように変わったと感じるか、春名さんに聞いた。(聞き手:弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●「春名さんへの中傷と個人攻撃が目的」裁判所が認定
「はるかぜちゃん」の愛称で親しまれる春名さんは、幼いころから積極的なSNS発信で知られたが、「アンチ」による誹謗中傷の対象にもされてしまった。小学生の時期が一番ひどかったという。
田中一哉弁護士に依頼し、2018年以降、3人の投稿者を訴えて、1人とは315万円で示談した。もう1人には裁判で約30万円の支払いが命じられたものの、支払われていないという。
そして、3人目となる東北地方在住の男性を相手取った裁判で、今年5月24日、横浜地裁(藤澤孝彦裁判長)は、男性による1000件以上の投稿が春名さんと母親への名誉毀損と侮辱にあたると認めて、計377万5000円の支払いを命じた(春名さんに327万円5000円、母親に50万円)。
判決文によると、この男性は2015年から2021年にわたり、「風花を合法的に葬り去りたい」「お前みたいな奴ほんと要らんからとっとと辞めろ辞めちまえ」などの投稿を繰り返した。
「ソーシャルメディア社会の健全化」が目的だという男性の主張を裁判所は退け、春名さんを中傷し、個人攻撃が目的だったと判断した。
●「社会は数年で変わった」「誹謗中傷の投稿1件3万円で計算して」
この判決を受けて、春名さんは「2020年に示談金で315万円が支払われたときには『悪口言われてお金もらえていいね』と言われました。今回の判決では賠償金額は300万円を超えたのに、多くの方から『安すぎる』と言ってもらえて、社会は数年で変わったなと強く感じました」と語る。
「今回の裁判の目的は春名風花への個人攻撃をやめさせることではなく、家族や友達、取引先に粘着させないため。自分の嫌いな人のせいで、自分の大事な人がSNSのアカウントを消したこともあって苦しかったです。
今回、彼の投稿が法的にダメなものだったと認めてもらえて、一区切りついてホッとしています」
ただ、賠償額については不服だとして、すでに控訴した。
春名さん側は「誹謗中傷の投稿1件あたり3万円」であるとして、計3609万5000円を請求していた。
「誹謗中傷で悩んでいる多くの人のためにも投稿1件あたり約3000円という前例を作りたくありません。
裁判所には誹謗中傷の精神的苦痛を1000件まとめて考えるのではなく、1件1件を細かく判断し、合算して考えてほしいです」(春名さん)
春名風花さん。都内で。
●根深い問題…執拗な「加害者」は「彼らなりの正義感で発言している」
これまでの裁判を通じて、誹謗中傷の加害者には総じて「反省しない。誰も謝罪しなかった」と感じている。
315万円の示談が成立した際に、ほとんどの加害者は投稿をやめた。具体的なペナルティの金額が抑制になったわけだが、効果のみられない人も一定数いて、今回の男性もそうだった。
男性に対しては、検察が2023年12月に名誉毀損罪で略式命令の請求をしている。
「僕への謝罪はなく、ある種の正義感で発言していたらしいです。自分は悪くないと思っているから、検察の取調べでも『春名さんが私について発信しない場合は、私も発信をやめる』と答えたそうです。だから、こうやって取材に応じたり、Xで言及すれば、また僕への投稿が再開するでしょう」
誹謗中傷対策をめぐる法整備は進み、今年5月のプロバイダ責任制限法改正により、SNSやネット掲示板の運営者が削除対応窓口をわかりやすくすることなどが今後期待されている。
「個人情報やリベンジポルノなどの投稿などは迅速に削除されなければならず、被害者を助けるための有効な手段となります。
ただし、削除に関しても、1件1件を判断しようという意識を持って進めてほしいです。自分の意見と合わないからという理由だけで、削除要請するような姿勢が進みすぎることを心配しています」
●健全なSNS利用のためには「楽しく使っている人のSNSに接する」
誹謗中傷の被害を深刻に受け止める風潮が広がっていくことで、「嫌ならネットをみるな。SNSをやめろ」と言われるような、被害者の側が理不尽に責められる体験をする機会も減ってきたという。
春名さんが注力する「子どものいじめ問題」でも同様の変化を感じている。かつて自分が相談を持ちかけた小学校や中学校の教員は「そんなものは使うな」とトラブルの元凶たるSNSから遠ざけようとした。
しかし、春名さんが現在接している先生たちの多くは「こどものSNS利用を止められるものではない。トラブルを避けることは難しいが、だからこそ問題への対応方法と、未然に防ぐための態度を身につけておくことに意味がある」という考えを示すという。
「日本ではいじめの被害者に居場所を変えさせる形になりがちで、加害者はターゲットを変えて同じことを繰り返す。海外では被害者に変わらない日常を過ごさせるという方向性があるようです。誹謗中傷もいじめも同じで、被害者より加害者側を変えたほうが根本的に変わると思います」
仮に自分の子どもにSNSとの接し方を伝える機会があるなら、何を教えるか——。
「単純なことで、対面でもSNSでのコミュニケーションでも同じです」
・自分が言われて嫌なことは言わない。
・人を傷つけるために言葉を発さない。
・自分にまつわる全てのことが個人情報。相手次第でそれを出すかどうか考える。
また、SNSに触れる初期の「出会い」も重要ではないかと考えている。
「良くも悪くも、普段見ている人の真似をして成長していくと思うんです。だから、たとえば、今の僕なら好きなアクセサリー作家さんとか、おもしろ投稿を続けている人とか、SNSを楽しんで使っている人のアカウントを見ることをまずはおすすめしてみます。自分の加害性を自覚することも大切ですけど、難しいからまずは簡単なことから」
【プロフィール】春名風花(はるな・ふうか)。俳優・声優。2001年2月4日生まれ。桐朋学園芸術短期大学演劇専攻卒業。幼少期から子役、モデルとして芸能活動を続ける。SNSいじめをテーマとして中学生に向けて書いた『ネットでいじめられたら、どうすればいいの? 5人の専門家と処方箋を考えた』(河出書房新社)が7月25日発売。