世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題が大きな争点になることがないまま、統一地方選の前半戦が終わった。いよいよ国が解散命令請求を出すかどうかの判断が近づいている。
統一教会はどうなるのか、どこへ向かおうとするのかー。そもそも私たちはどれほど彼らを知っているのだろうか?
30年以上、旧統一教会の研究を続けてきた宗教社会学者の櫻井義秀・北海道大教授が3月25日、「統一教会~性・カネ・恨から実像に迫る~」(中公新書)を上梓した。
「何でもアリになっている宗教団体のどこがおかしいかを指摘し、批判をしないと日本の宗教は鍛えられない。まずは実像を知るべきだ」と強調する。(ジャーナリスト・本田信一郎)
●解散命令請求は決して簡単なことではない
あとがきによると、この著書は、2012年に執筆依頼されていたものだという。約10年かけて執筆を続ける中で安倍元首相の銃撃事件が起きた。
「ともかく『まずいな、最悪』と思い、落胆しました」
櫻井氏の率直な思いだ。「社会問題の解決を暴力によってしか解決できないと考えるのは駄目。善悪だけや表層的なことで決めつけず、具体的に知らなければなりません」
それは日本国民だけでなく、政府も同じではないか。
「国は30年以上も統一教会の実態を何も見ていない。事件からたった半年程度で、この宗教は問題だったと判断できるのでしょうか。民事の違法判決が30件、詐欺罪などの刑事事件も30件ありますが、宗教法人本体の立件はありません。質問権の行使から即座に解散命令の請求を行うのは手続き上の飛躍を指摘される可能性があります」
解散命令請求の判断は決して簡単ではないとの見解を、櫻井氏は当初から示している。
●韓国に渡った日本人妻や元幹部信者への綿密取材
なぜ、日本人は統一教会を信じるようになったのか。数万人もの日本人が信者として活動し、合同結婚式に参加し、日本の富と人材を韓国側に提供するに至ったのかーー。
その「実像に迫る」ために、櫻井氏が挙げたキーワードが「性・カネ・恨」だ。
「『カネ』については、損害賠償請求などで事件化し、十分に報道もされてきたのですが、なぜ、このような構図ができたのか、そこを考える必要があります」
教会の成り立ちと教祖ファミリーの実態、日本社会や政治家へ浸透する経緯、資金調達の戦略、韓国に渡った約7000人の日本人女性信者の実情などを綿密な取材でたどる。現状の問題と未来にも言及しており、統一教会を「知る」ための必読の書となっている。
●文鮮明の日本への恨みこそがエネルギー源だった
櫻井氏は、日韓の歴史的な背景が影を落とす「恨(ハン)」が根底にあるとする。
「賢明な読者は、日本における統一教会の拡大の背景に、日韓関係の桎梏(しっこく)を感じ取るだろう。韓国人教祖と幹部たちが抱く日本の植民地主義に対する恨と、日本人信者の贖罪意識なしに、一方的な支配・従属の関係はありえないからだ」(著書より)
「恨」というのは、韓国特有の民族情緒を表す言葉だというが、櫻井氏は「『恨』は、教祖・文鮮明のみならず韓国人幹部や朝鮮半島で生まれたこの世代に共有された日本に対する恨みの心情である」としている。
「文鮮明は、日本に支配・従属させられてきたことへの理不尽さを感じていて、それが、エネルギー源であり、日本人を屈服させる動機でした。やられたことをやり返していることの正当性があるということです」
櫻井氏は著書の中で、文鮮明は「早稲田高等工学校電気科」に通い「朝鮮独立の扇動的会合を持った」と説明。「壮年期になって日本人信者に植民地支配の懺悔を徹底して迫ることになる。その迫力に戦後世代の日本人信者は圧倒された」と記す。
「日本人信者は求められる贖罪に応じるしかなかった。なぜなら、日本人信者には日韓の近代史についての知識も歴史認識もなかったからである。統一教会の問題は、日韓におけるポストコロニアルな問題なのだ」(著書より)
櫻井氏はこれを「恨の循環構造」と名付けた。
地獄にいる先祖を救い、その因縁(罪)が子孫に及ばないようにすることが使命と迫り、信者らに永続的な贖罪意識を植え付けてきた。
「だからといって、何で市民からカネを取るの? 取って良いという正論にはならないはずです。そういう外形的なところまで一教団にされてしまっては、(国や司法が)介入しなければならないのは当然でしょう」
櫻井教授の新著
●性交渉の回数、体位も管理することで信者を隷属させる
そして、「恨の循環構造」は「性」においても通底されている。
「『性』こそ、統一教会の教説・実践の核心である」と櫻井氏は強調する。合同結婚式の目的は、農村の『嫁』不足解消、日本人女性からの祝福献金(140万円)とホンス(持参する金品)だ。「日本は『母の国』として韓国の世話をしなければならない」ことから、職業は看護師、銀行員が多いという。
結婚後も統一教会は、従属を強める働きかけを欠かさない。文中でその言葉(本郷女性講座)が引用されている。
「皆さんは、夫に対して不平不満、いろいろなことを思っているかもしれませんが、韓国人の夫の価値、貴さを考えてみた時に、私たち(日本人妻)が韓国に対して間違った過去を悔いる方法は、韓国国民に対して奉仕をし、愛を尽くすことであるし、家庭においては夫を韓国自体だと思って受け入れ、感謝しながら、喜ばせていくことです」(著書より)
櫻井氏は「家父長制的な理念で国家関係を規定し、日本人女性が韓国人男性に仕えることまで正当化されてしまう」とする。
若い信者を禁欲状態に置き、結婚後は性交渉の回数や体位なども管理、統制されるなど「『神との性関係』を媒介とした救済」である「血統転換」の詳細が書かれており、「恨の循環構造」の中の「性」による支配、隷属の構図が明らかにされている。
複数の日本人妻のインタビューもある。「最近はSNSなどで横のつながりができたのが、大きい変化です。それによって、信仰心が離れることもありますが、すでに子どももいるので、離婚や帰国に踏み切れない人が多いのです」(櫻井氏)
●避けてきた本質に向き合わなければ未来は見えない
櫻井氏は、統一教会がどこに向かうのかを「自壊」「分派」「事業体への変容」という3つのシナリオで描く。彼らが代替わりするなかで「どのように良い方向に持っていくか」がベースとなっている。そして、日本社会がどう対応するか次第だともいう。
そして「被害支援のスキーム」としても 「政治・司法」「メディア・アカデミズム・宗教界」「行政・福祉」の3領域に求められるアプローチとアクションを提示する。
ただ、櫻井氏は、救うべき対象としての2世問題には理解を示す一方で、盛んに使われる「宗教虐待」という言葉については慎重な姿勢だ。
「問題を不鮮明にしてしまうと思います。宗教的な理由による虐待はありますが、全てにおいて『宗教があるから』というのは違うでしょう。押し付けが激しい場合は、第三者の関与のもとに親子が話し合うことです。これまでのように第三者は宗教問題を敬遠すべきではありません」
やはり、そのためにも私たちは統一教会という組織をもっと知らなければならない。
日韓の歴史が根深く関係している「恨」と「性」の詳細について、メディアやアカデミズムもその本質を見つめ、正面から向き合うことを避けてきた。櫻井氏の新著は、それらをつまびらかにしたという点で、警鐘だといえる。
「自分の頭で考え、責任を取る。そのためには教育もリテラシーも大切です。日本の国力が落ちていく今、政治と宗教を考える必要があります。私たちは何に信頼を置くのか、何に期待するのか、考えなければなりません」
櫻井氏は書籍や資料にうずもれながら、私たちに「実像」と対峙することを突きつける。
【プロフィール】櫻井義秀(さくらい・よしひで)1961年山形県生まれ、北海道大大学院文学研究科博士課程を経て、2004年から同大院文学研究科教授。現代宗教の社会学、宗教文化の比較社会学を目指し、タイや韓国・中国を含む東アジアの宗教文化を調査研究する。近著に「創価学会 政治宗教の成功と隘路」(猪瀬優理龍谷大学教授との共著、法藏館)