小学生の息子がいるアユミさん(仮名・地方在住)は、曜日を問わず、勝手に家にやってくる息子の友だち、ソラくん(仮名)に悩まされていた。
「低学年のころは、帰すわけにもいかず、家に入れたことが何度もあります。ソラくんの親にもウチに来ていることを話しましたが、『そうですか、どうも』と感謝もなく、無関心な様子でした」(アユミさん)
数年後、仕事の都合で離れた場所に引っ越すことになり、そんなわずらわしい日々も終わると思っていたアユミさん。ソラくんには、年賀状などのやりとりのために、新しいマンションの住所を伝えていた。
ところが、ある日、ソラくんの親から、驚くべき内容のLINEが届いた。そこには「今、アユミさんの家の前にいます」と書かれていた。
ソラくんの家から新居までは、車で数時間はかかる。「まさか」と思って、マンションのベランダから外をみると、マンションの入口付近でこちらを見上げるソラくんとその両親の姿があった。唖然としているアユミさんに、両親は「夕方に迎えに来るので!」と叫んでいた。
慌てて、息子とともにエレベーターで下に降りたアユミさん。しかし、両親はソラくんを残し、すでに車で去ってしまっていた。
●「預かる」契約は成立しているとはいえない
感動の再会を果たすソラくんと息子を横目に見ながら、アユミさんはソラくんの両親に疑問を感じずにはいられなかった。
「ひとまず、ソラくんを家に招き入れました。子どもたちは家の中で遊んでいましたが、しばらくして、近所の公園に遊びに行きました。私は仕事もあったので、公園には付き添っていません。ソラくんの両親は夕方に迎えに来ましたが、何事もなくて、正直ホッとしています」(アユミさん)
アユミさんは、ソラくんの両親と「ソラくんを預かる」約束はしていない。しかし、初めての状況に「こちらが預かると言っていなくても、面倒をみる義務があるのでは?ソラくんに何かあったら責任を問われるのでは?」などの不安に駆られ、気が気でなかったという。
写真はイメージ(yoshan / PIXTA)
このようなアユミさんの不安に対して、上将倫弁護士は「アユミさんとソラくんの両親の間に、ソラくんを預かる契約が成立しているとはいえないでしょう。そのため、アユミさんにソラくんの面倒をみなければならない義務が生じるわけではない」と説明する。
しかし、家に入れた場合は「事実上、預かっている」ことになるため、「故意または過失によって、ソラくんにケガを負わせたような場合には、損害賠償責任を負う可能性がある」という。具体的には、どのようなときに損害賠償責任を負うのだろうか。
「たとえば、ソラくんがベランダの柵によじ登り、外に大きく身を乗り出しているにもかかわらず、アユミさんがこれを把握しながら放置し、転落事故が起こって大ケガをしてしまったような場合、損害賠償責任が発生することになります。一方、アユミさんに落ち度がない場合には、損害賠償責任はありません。
公園についても、ソラくんは高学年のようなので、『ソラくんに障がいがあり、特にケガをしやすい子であると知っていた』などの特殊な事情がなければ、アユミさんに付き添う義務はないといえます。息子さんがケガをさせたような場合は別ですが、アユミさんがいない公園でソラくんがケガをしたとしても、責任を負うことはないでしょう」
●「非常識」な行為が常に「違法」になるわけではない
アユミさんは「そもそも、子どもを勝手にマンションの入り口に置いて、車でどこかに行く両親は非常識。なんらかの違法行為にあたるのではないか」とも感じている。
写真はイメージ(マハロ / PIXTA)
しかし、ソラくんの両親のしたことが「非常識」だとしても、「常に『違法』になるとは限らない」と上弁護士は語る。
「今回のケースの場合、保護責任者遺棄罪が成立する可能性もまったくないわけではありません。ただ、知人であるアユミさん宅の前で、LINEでの連絡もして、既読がついているわけですから、犯罪が成立するとまでの評価はなかなか難しいでしょう。
また、アユミさんが子どもを預かることを明確に拒否しているにもかかわらず、これを無視してソラくんを置いていった場合でない以上、民事上の不法行為とも言いにくいのではないかと思います」
●事前に連絡をして、了解を得るように明確に求めるべき
これまでの上弁護士の説明によれば、アユミさんが責任を負わないといけない場面は、かなり限定されているようだ。しかし、それでも不安が残るならば、アユミさんはどうすべきだろうか。
上弁護士は、次のように助言する。
「ソラくんの両親に、子どもを連れてくるのであれば、かならず事前に連絡をして、アユミさんの了解を得ること、事前の連絡と了解がない以上は、ソラくんを預かることはできないことを明確に伝えるべきだと思います」
それでも、アユミさんの申し出を無視して、ソラくんの両親が再び無断でソラくんを連れてきたときは「その場で、預かることができないことを明確に伝えて、ソラくんを連れて帰ってもらうべき」とのことだ。
それでも、ソラくんを置いて立ち去る場合には、警察に連れていくこともひとつの選択肢として考えられるという。
しかし、アユミさんはそこまですることには抵抗があるようだ。「ソラくんの両親にきっぱりと話そうと思う」と語る。
ソラくんの両親に悪気はないかもしれないが、万が一の事故が起きることをおそれてアユミさんは心労を重ねている。トラブルを未然に防ぐだけでなく、お互いの不信感を募らせないためにも、率直なコミュニケーションは不可欠だろう。