静岡県伊東市の田久保真紀前市長が、公職選挙法違反など3件の被疑事実で追送検されていた事件。静岡地検が6月10日、いずれの被疑事実についても嫌疑不十分で不起訴処分にしたと報じられました。
田久保前市長を巡っては、学歴詐称問題に関連し、すでに卒業証書の偽造と百条委員会での虚偽陳述の疑いで起訴。今月4日には、公職選挙法違反など3つの容疑で追送検されていました。追送検された容疑は、わずか6日でなぜ不起訴となったのでしょうか。簡単に解説します。
●「嫌疑不十分」とはどういう意味?
不起訴には、「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」などの種類があります。
今回、不起訴の理由は「嫌疑不十分」とのことです。これは、「犯罪の疑いはあるが、裁判で有罪を証明できるだけの証拠がない」という意味です。「犯罪がなかった」と認めたわけではありません。
●「経歴書へ虚偽記載」はなぜ不起訴になった?
地検は「調査票の作成と報道機関への提出に、田久保氏が関与したと認めるのは証拠上困難」と説明したと報じられています。
田久保氏は2025年5月の市長選に際し、「東洋大学法学部卒業」と記載した調査票を報道機関に提出しましたが、東洋大学には除籍の記録がありました。
公職選挙法235条1項の虚偽事項公表罪(2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)が成立するには、田久保氏本人が、調査票の提出などに関与していたことを検察官の側で立証する必要があります。
検察官の立証の程度は、簡単にいえば疑いの余地がないほどの高度な水準を求められます。
たとえばこの虚偽事項公表罪との関係で言えば、弁護側が、田久保氏の「関与」が無かった可能性がある、という合理的疑いを生じさせることに成功した場合には、犯罪の成立が認められません。
検察官としては、この立証が足りていない可能性がある、と判断したと考えられます。
また、この罪は故意犯です。
田久保氏は当初から「卒業していたと思っていた」と否認しており、「虚偽と知りながら記載した」という点の証明も難しかった可能性があります。
なお、公職選挙法違反との関係では、田久保氏が選挙の経歴書の提出の段階で虚偽だと認識していたことを、検察官の側で立証する必要があります。
報道では直接言及されていませんが、この故意の立証も難しかった可能性もあります。
●「広報誌へ虚偽記載」はなぜ不起訴になった?
地検は「広報誌の作成・行使への田久保氏の関与を認めるのは証拠上困難」と説明したと報じられています。
本件では、市の広報誌「広報いとう」(2025年7月号)に、「東洋大学卒業」という虚偽の学歴が掲載されました。
広報誌の原稿は市の職員が作成しています。市長に罪を問うには、「職員に虚偽の内容を書くよう指示した」などの事実を立証する必要がありました。
しかし、そうした具体的な指示の証拠が十分でない、と検察官が判断した可能性があります。
●出頭拒否はなぜ不起訴になった?
田久保氏は2025年7月、百条委員会への出頭を拒否し、証書の提出も断りました。
地検は、百条委員会に求められた記録を提出せず、同委員会に出頭しなかった理由、および経緯、同委員会における証言内容などをふまえると犯罪の成立を立証するには難があると説明したと報じられています。
この違反(地方自治法100条3項。6カ月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金)が成立するには、「正当な理由がない」ことを検察が証明しなければなりません。
この「正当な理由」には、出頭によって刑事訴追を受ける可能性がある場合も含まれると考えられます。
田久保氏は、当時から刑事責任の問題が取り沙汰されており、出頭拒否に正当な理由が認められる可能性があります。
●なぜ、わずか6日で不起訴になった?
追送検が2026年6月4日で、不起訴が同月10日。わずか6日での決着でした。
身柄を拘束していない事件なので、これほど急ぐ法律上の義務はありません。それでもこれほど迅速に処理されたのは、すでに公判が進んでいる起訴済み2件への集中を優先した結果と考えられます。
特に、起訴済みの2件はすでに公判前整理手続に付されており、主張や証拠の整理が進められています。新たに送検された3件の事件を追加で起訴することになると、さらに3件の新事件についての主張や証拠の整理が必要になり、裁判が長引くおそれがあります。
また、そのようにして追起訴したとして、量刑への影響も限定的と考えられます。
複数の罪が重なる場合、刑の上限は最も重い罪の1.5倍にとどまりますし(刑法47条)、そもそも今回のケースで上限いっぱいの量刑になる可能性も低いと思われます。
したがって、3件の追起訴が加わっても、起訴済みの2件だけで処理する場合と比べて量刑が格段に重くなるというわけでもない、と考えられます。
追送検された3件の事件が仮に起訴された場合、有罪の認定がされる可能性はそれなりにあると思われます。
しかし、検察として、無罪判決のリスクを負ってまで3件を無理に起訴するメリットが乏しかった、とも考えられます。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)