弁護士ドットコム ニュース
  1. 弁護士ドットコム
  2. 犯罪・刑事事件
  3. なぜ山上被告人の「生い立ち」が詳細に審理されるのか? 安倍元首相銃撃事件、裁判のポイントは
なぜ山上被告人の「生い立ち」が詳細に審理されるのか?  安倍元首相銃撃事件、裁判のポイントは
奈良地裁(クロチャン / PIXTA)

なぜ山上被告人の「生い立ち」が詳細に審理されるのか? 安倍元首相銃撃事件、裁判のポイントは

安倍晋三元首相銃撃事件で殺人や銃刀法違反などの罪で起訴された山上徹也被告人の裁判に関する報道について、社会学者・古市憲寿氏がテレビ番組(カンテレ「旬感LIVE とれたてっ!」)にて、「果たしていいのかな」と疑問を呈したことが、SNSで話題となっています。

古市さんは、一般の殺人事件では、被告人側の事情をメディアは報じないと疑問視。これについてジャーナリストの鈴木エイト氏は自身のSNSで「背景にあった問題を報じてこなかったから起きた事件でもあることから、逆にメディアは詳細に且つ徹底的に報じるべきである」との見解を示しています。

古市さんが指摘したのはメディアの報道に対しての指摘でしたが、裁判では、山上被告人の生い立ちが詳細に審理されていることから、被告人の生い立ちに関する報道が通常に比べても多いと感じる人がいるのかもしれません。

しかし、今回の裁判で被告人の生い立ちが詳細に審理されているのは、事件の被害者が安倍元首相だったからとか、同情を誘うため、というわけではありません。

●記事のポイント

・争点は「犯罪の存否に関する事実」ではなく「情状に関する事実」
・裁判で考慮される「犯情」と「一般情状」の違いとは
・本件で山上被告人のこれまでの人生は「犯情」に含まれる重要な事実

●「犯情(はんじょう)」と「一般情状」の違い

まず前提として、山上被告人は起訴内容(犯罪事実)を認めています。

そのため、裁判では「有罪か、無罪か」ではなく、「どのような事情(情状)を汲んで、量刑を決めるべきか」という点に審理が集中します 。

裁判で考慮される事情は、大きく2つに分けられます。それぞれ「犯情(はんじょう)」と「一般情状(いっぱんじょうじょう)」と呼ばれています。

1)犯情とは

犯罪そのものに関わる事情です。たとえば窃盗罪なら「被害額」、殺人なら「殺害方法」や「動機」などです。量刑にもっとも大きな影響を与えます。

2)一般情状とは

犯罪行為そのものとは直接関係のない、被告人個人の事情です。たとえば「反省している」とか、「家族のサポートがある」などです。

こちらは量刑を一定程度左右しますが、それほど大きな要素ではありません。

●なぜ今回は「生い立ち」が重要なのか?

「山上被告人のこれまでの人生が、統一教会の影響で困難なものだった」という事情は、通常であれば犯情ではなく、一般情状となるでしょう(そもそも一般情状にすらならないという考えもあるでしょう)。

そうすると、量刑上考慮されたとしても大きな要素ではないと思われるかもしれません。

しかし、今回の事件では事情が違います。なぜなら、山上被告人のこれまでの人生が、殺人罪(刑法199条)における「動機」にかかわるからです。

殺人事件において、「なぜ殺害に至ったのか(動機)」は、犯情として評価されます 。

山上被告人の場合、安倍元首相の殺害につき、以下のようにいえるのかということが審理対象になっていると考えられます。

・家庭内での旧統一教会の影響や母親の多額の献金が、彼の人生を決定づけた
・その過酷な環境が、彼の意思決定や思考プロセスに影響を与えた
・その結果、「安倍元首相を殺害する」という行動を選択せざるを得なかった

つまり、彼のこれまでの人生がどうだったか、といった事情は、単なる同情を引くための話などではなく、犯行の核心部分である「動機」を形成した要因として、犯情の枠組みの中で審理されているといえます。

●誤解しやすいポイント

こういうニュースが出てくると「だからといって人を殺していいことにはならない」という議論が必ず出てきます。しかし、この議論は少し誤解を含んでいるように思います。

なぜなら、「人を殺してはいけない」ということは、そもそも「殺人罪」が適用される、という段階で既に評価されていることが前提となっているからです。

今検討している問題は、あくまでも殺人罪(=人の生命を奪うという悪いことをした)の法定刑の幅の中で、具体的な量刑を決める、という段階です。

山上被告人のこれまでの人生を、殺人罪の法定刑の幅の中で、「動機」としてどこまで考慮できるのかが問題となっている、ということに注意が必要です。

もちろん、山上被告人がどれほど困難な人生を歩んだとしても、そのような事情を安倍元首相を攻撃対象とすることの動機としてどの程度考慮すべきなのかは大いに議論の余地があります。

そういう意味で、山上被告人のこれまでの人生がどうだったか、ということを、安倍元首相に対する殺人罪との関係で考慮するのはおかしい、という議論であれば、十分ありうると思います。

●「安倍元首相」が被害者であることで、刑は重くなるのか

逆に、「安倍元首相」が被害者だから刑が重くなるとか、重くすべきである、という方もいます。

しかし、「殺人罪」は、人の生命に対する犯罪であり、人の生命は平等ですから、人の社会的地位や身分などの属性を犯情として考慮してはならないのが大原則です。

もちろん、被害者が幼児などの弱者だった場合に、「弱い者への攻撃」という点で生命軽視の姿勢がより強いとして、より重く評価されるという考え方はありえます。

また、選挙活動中の政治家への攻撃であることや、有名な政治家を殺害することで世間の注目を集める目的が含まれていたとすると、これは民主主義の破壊であり、より重く評価すべきだという議論はあり得るでしょう。

ただし、今回の事件は、被告人としては政治的なテロリズムが主な目的というわけではなく、「安倍元首相は教団と深いつながりがある」と考え、個人的な恨みに基づいて犯行に及んだもののようです。そこで、被害者が安倍元首相であったことで、通常の殺人罪の量刑よりも重く評価すべきではないという議論も考えられます。

●まとめると

本件では、情状面をどう考慮して刑の重さを決めるかが大きな問題となっています。

そして、山上被告人のこれまでの人生などが、情状の中でも「動機」につながる重要な争点であることから、この点の審理が丁寧に行われるのは刑事裁判としては当然といえます。

被害者が安倍元首相であったことは、それ自体から直ちに罪を重くすべきという事情にはならないのが原則です。

しかし、選挙活動中の事件であることなどから、重く評価すべきなのか、そうでないのかという議論はありうるところであり、裁判で慎重に審理がされるものと考えられます。

(参考文献) 「刑事弁護の基礎知識〔第2版〕」2018年2月、有斐閣(岡慎一、神山啓史)

監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

オススメ記事

編集部からのお知らせ

現在、編集部では協力ライターと情報提供を募集しています。詳しくは下記リンクをご確認ください。

協力ライター募集詳細 情報提供はこちら

この記事をシェアする