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発砲で男性死亡、警察官が拳銃を使用できるのはどんな時? 過去には違法とされたケースも
大阪府警(minack / PIXTA)

発砲で男性死亡、警察官が拳銃を使用できるのはどんな時? 過去には違法とされたケースも

2023年1月13日、大阪府八尾市で盗難車両を追跡していた警察官らが、盗難車両を運転していた41歳の男性に拳銃を発砲し、男性が死亡する事件が起きました。大阪府警は「対応に問題がなかったか、当時の状況を詳しく調べる」とコメントしていますが、1月18日の段階ではまだ調査結果が公表されていません。

事件を報じるメディアやネット上では、おおむね警察官らの発砲を容認する意見が多数を占めていますが、一部では「撃つほどのことではなかったのでは?」「ほかの方法があったはず」といった意見も見受けられます。

果たして、今回の事件における警察官らの発砲は適法なのか、現段階でわかる状況と法令の考え方からみていきましょう。(元警察官ライター・鷹橋公宣)

●どこからが「使用」にあたる?拳銃使用の手順

日本の警察は、滅多に銃を使用しません。追いつめられた犯人グループと銃撃戦を繰り広げるなんてフィクションの世界でしか考えられない事態です。

統計が存在しないので正確な数字は不明ですが、拝命から退職までに訓練を除いて現場で拳銃を使用した経験をもつ警察官の割合は、全体の1%にも満たないでしょう。それほど珍しいケースだと言えます。

この「全体の1%にも満たない」というのは、拳銃の「発砲(射撃)」を指すのではありません。

警察官による拳銃の取り扱いについて規定している「警察官等拳銃使用及び取扱い規範」によると、警察官が現場で拳銃を使用する際は、原則として次のような段階を踏むよう定められています。

1)取り出し       
2)構え       
3)射撃の予告      
4)威嚇射撃       
5)相手への射撃       

拳銃の使用が予想される危険な現場に立ち入る際、拳銃サックから拳銃を取り出しておくことは可能です。

ただし、その際は銃口を斜め下方に向けておき、引き金のある「用心金」には指を入れず、右手の人差し指は銃身に沿わせてまっすぐ伸ばしておくように指導されています。

取り出しまでは多数の警察官が実際の現場でも経験していますが、この段階はまだ「使用」とはいえません。

拳銃の使用にあたるのは、相手に向かって銃口を向ける「構え」からです。

この「構え」以降を現場で経験した警察官はきわめて少数で、ほとんどの警察官がせいぜい「取り出し」までしか経験しないまま退職していきます。

相手に向けて拳銃を構え、それでもひるまない相手には「撃つぞ」と予告し、さらに抵抗するなら上空に向けて威嚇射撃をおこない、なおも抵抗を続けた相手に限り相手への射撃が可能となるのが原則です。

●警察官が拳銃を使用できる要件とは?

今回の事件で大きなポイントとなるのが「拳銃を使用できる要件」を満たしていたのか?という点です。

警察官職務執行法第7条は、警察官が拳銃を含めて武器を使用できる要件として、「犯人の逮捕もしくは逃走の防止、自己もしくは他人に対する防護または公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合」と定めています。

ただし、原則として人に危害を与えてはならないこととされており、次の(1)~(3)に該当する場合にのみ、例外的に人に危害を与える態様で武器を使用することが認められます。

(1)正当防衛または緊急避難に該当する場合

(2)死刑または無期もしくは長期3年以上の懲役もしくは禁錮にあたる兇悪な罪の現行犯人などが警察官による逮捕などから逃れるために抵抗している場合

(3)逮捕状による逮捕や勾引状・勾留状の執行から逃れるために抵抗している場合        

さらに(2)と(3)の場合については、ほかに手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のあるときに限られます。

たとえば、相手が素手や金属バットなどを手にしている状況だと、合理的に必要と判断される限度を超えるので拳銃の使用は認められません。この場合は、基本的には徒手・警棒・盾などで応戦することになるでしょう。

現行犯逮捕や逮捕状にもとづく通常逮捕から逃れようとしている場合も考え方は同じです。 武器を使用しなければ逃亡されてしまうと評価できるだけの状況が必要で、ほかの方法で防げるなら武器の使用は認められません。

今回の事件では、猛スピードで逃走する盗難車両を放置すれば不特定・多数の人命に危害が及んだ可能性が高く、しかもパトカーにぶつけて逃亡を図るなど、極めて危険で緊迫した状況があったようです。

構え・予告という手順もしっかり踏んでいるので、拳銃使用が違法となる可能性は低いでしょう。

報道の内容によると威嚇射撃が省略されたようですが、緊急性が高く威嚇射撃をする暇がない場合は「かならずしも要しない」とされているので、今回の事件では問題にならないと考えられます。

●「タイヤを撃つ」は絶対にやってはいけない

なお、ネット上では「タイヤを撃てば逃げられないのでは?」といった意見が見受けられましたが、実はこの方法では車は止まりません。

ドラマなどでは警察官が逃走車両のタイヤを射撃しパンクさせて動きを止めるといった描写が登場しますが、パンクした状態でもある程度は走行できますし、操作が難しくなるのでかえって暴走状態を悪化させてしまいます。

そもそも、上手くタイヤに当たっても空気が緩やかに抜けるだけです。ドラマのようにいきなりバーストすることはありませんし、タイヤを狙って射撃すると弾が予想外の方向へと跳弾して流れ弾による危害が生じるおそれがあり大変危険です。

警察学校でも「タイヤを撃つのはドラマや映画の演出、決して真似をしないように」と教え込まれます。

●もうひとつの要件、「加害」が許されるシチュエーション

今回の事件でもうひとつ注目されるのが、射撃された男性が死亡したという結果です。

警察官による武器の使用が認められる場合でも、その危害は最小限で抑えるべきであり、つまりは「やり過ぎだったのではないのか?」という点が問題となります。

今回の事件は、いわば「生身の人間VS暴走車」というシチュエーションです。

凶器ともなり得る大きな鉄の塊が暴走するかもしれない状況は、現場の警察官らにとっても、周辺で日常生活を送る市民にとっても、急迫不正や危難といえるので、正当防衛または緊急避難にあたると考えられます。

問題はその「程度」です。

加害要件を満たしていても、その程度を超えることには問題があります。正当防衛が防衛の程度を超えると過剰防衛、緊急避難も避けようとした危害の程度を超えた場合は過剰避難です。

世間の意見は「射撃もやむなし」の方向ですが、相手の死亡という重大な結果が生じている点は無視できないので、大阪府警も徹底した調査を尽くすことになるでしょう。

この点は調査結果を待つ必要がありますが、もし死亡という結果を避けられる可能性が高かったと判断される場合は特別公務員暴行陵虐罪・同致死として立件される流れも考えられます。

●過去には相手への発砲が違法となったケースもある

かなり古い事例ですが、警察官による相手への発砲が違法とされた実例があります。

昭和54年、広島県尾道市の駐在所で勤務していた警察官が、不審な行動を取っている男性がいる旨の通報を受けて現場に向かいました。

警察官が男性に声をかけたところ男性は逃走し、逃げた先で折り畳み式の果物ナイフを警察官に向けて振り下ろすなどの行動を取ります。

警察官が拳銃を取り出して右腰の前で構えて「ナイフを捨てろ、はむかうと撃つぞ」と予告すると男性はさらに逃走、さらに追い込んだ先の路上でもナイフで抵抗してきたので警察官が発砲しました。

男性は左手を負傷しながらもさらに逃走、逃げ込んだ田んぼで警察官ともみ合いになりながらナイフやその場にあった木製の杭で警察官に殴りかかりましたが、警察官が撃った弾が左胸部に当たって死亡したという事例です。

被害者の父親が警察官を特別公務員暴行陵虐罪・同致死の容疑で告訴しましたが、広島地検は「罪とならず」との理由で不起訴とします。

この処分を不服として、父親はさらに広島地裁に付審判請求をおこない、刑事裁判が開かれました。

第一審は「発砲は適法」として無罪判決を言い渡しましたが、第二審・第三審では「その場を離れて体制を整えるべきだった」「応援を待つこともできた」と評価され、特別公務員暴行陵虐罪・同致死の成立が認められました。

本件の警察官には、懲役3年・執行猶予3年の有罪判決が言い渡されています。〈平成7年(あ)第463号同11年2月17日第一小法廷判決〉

●大切なのは次に同種のケースが起きたときに役立つ検証

今回の発砲事件について報道されている情報から推察すると、発砲した行為や撃たれた男性が死亡したという結果が問題となる可能性は低いでしょう。

多くの方が指摘するように、事件現場のすぐ近くには小学校があります。逃走した男性が小学校に立てこもったり、子どもたちに危害を加えたりするような事態が回避できたのは喜ばしいことです。

また、発砲をためらい逃走を許していれば、ひき逃げ・当て逃げといった交通事故を起こしていた可能性も否定できません。

男性が乗っていたのが盗難車両だったことを考えれば事後捜査で容疑者を特定するのは難しかったはずなので、男性1名が死亡、警察官2名が負傷という結果に終わったことは「被害を最小限に食い止めた」とも評価できます。

しかし、むやみに「よくやった!」「いざという時は撃ってもいい」ともてはやすのは危険です。

適切な職務執行を望むには、警察側に「常に見られている」というプレッシャーがかかっている状態が好ましいでしょう。

容疑者を死亡させたことで盗難車両を運転していた事情を明らかにできなくなり、罪を償わせる機会も失われてしまいました。たとえ罪にはならなかったとしても、同種のケースが再び起きた際には安全に身柄を確保できるよう、詳しい検証が望まれます。

【プロフィール】 鷹橋公宣(ライター):元警察官。1978年、広島県生まれ。2006年、大分県警察官を拝命し、在職中は刑事として主に詐欺・横領・選挙・贈収賄などの知能犯事件の捜査に従事。退職後はWebライターとして法律事務所のコンテンツ執筆のほか、詐欺被害者を救済するサイトのアドバイザーなども務めている。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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