元受刑者であることを公にしたうえで、カレー屋を開業した男性がいる。
「レンタル元受刑者」として、犯罪をおかした人やその家族の相談に乗っているフナイムさん(活動名・40代)だ。
特殊詐欺事件で実刑判決を受け、2021年11月に刑期満了を迎えている。自らの犯罪歴を明かして活動するのは、なぜなのか。
フナイムさんの話を聞きに、7月にオープンしたばかりの店に足を運んだ。
●「犯罪者」「警察官」にもなれる演劇に魅了され、芸能の世界へ
フナイムさんの店「カレーハウスCOUSEI」は、東京・JR新宿駅南口から歩いてすぐのビル地下1階にある。
「カレーハウスCOUSEI」の入口。創作スパイスカレーを提供する(7月15日、弁護士ドットコム撮影)
階段を降りて扉を開くと、店内はまるでダイニングバーのような内観だ。
「ここ、間借りしているんですよ。夜はバーになるんです」
気さくに出迎えてくれたフナイムさんが、こう説明する。
店をオープンするにあたり、活用したのは、吉野家ホールディングスグループが運営する間借りマッチングサイト。前科のことは、すべての関係者に包み隠さず打ち明けたという。
店の内観。店に入ると、左右にテーブル席、真ん中にカウンター席がある(7月15日、弁護士ドットコム撮影)。
かつて役者を目指していたフナイムさんは、明るく、接客上手だ。
「小学生のころに演劇部に入り、人前で表現することの楽しさを知りました。もともと好奇心旺盛で、やりたいことがたくさんあったんですよ。『警察官』にも『犯罪者』にもなれる役者など、表現の仕事に惹かれるようになりました」
中学に入ってからも演劇を続けたかったが、厳格な父親に逆らえずに断念した。高校3年生のころ、両親との関係がうまくいかなくなり、家を飛び出した。そのまま中退し、祖母の家で暮らしながら、都内で水商売の仕事をはじめた。
役者になる夢も諦めていなかった。水商売をしながら20歳で事務所に入り、エキストラの仕事もこなした。
27歳からは、役者以外に、芸人としてライブ活動もするようになった。しかし、芸能活動だけでは食べていけず、時間の融通がきく配送やデータ入力などのアルバイトも掛け持ちした。
29歳で結婚したことを機に、芸能界を引退。翌年には子どもに恵まれた。
●「金」に目がくらみ、劇場型詐欺の「弁護士」役を経験
そんな彼が、なぜ、現実世界で「犯罪者」になってしまったのか。
出迎えてくれたフナイムさん(7月15日、弁護士ドットコム撮影)
結婚後は「稼がなきゃ」と意気込んでいたフナイムさん。まわりには、派手な暮らしをする人も少なくなかった。いつの日からか、自分も「派手な暮らしをしたい」と金銭欲が膨らんでいった。
当初は、水商売をしていたころの友人に誘われ、未公開株や転換社債の取引をしていた。その後、輸入雑貨の販売を始めたが、売上は伸びず、「派手な暮らし」は叶わなかった。
そんなある日、羽振りのよい男性に「金を稼ぐにはこんな方法がある」とマニュアルを渡された。そこに書かれていたのは、詐欺の手口だった。
金に目がくらんだフナイムさんは、当時の友人数人を集め、グループを結成。名簿を購入し、65歳以上の高齢者をターゲットに、マニュアルどおりに電話した。老人ホームの入居権をめぐり、複数の人物や業者が登場する「劇場型詐欺」といわれるものだ。
フナイムさんは、電話口で受付役やベテランの弁護士役などを演じた。
「被害者から現金を受け取るときは、弁護士役を演じながら、ずっと電話をつないでいました。『今からうちの事務員が向かいます』と話したあと、電話越しに呼び鈴の音が聞こえたり、被害者に『(今来た)この人ですかね?よろしくおねがいします』と言われたりした瞬間は、心が痛むんです。でも、被害者が現金を渡したことを確認し、電話を切ったあと、一気にオッシャアアア!と歓喜の感情がわきました」
数千万円の現金を目の前にし、「こんなに簡単に手に入るなら」と歯止めがきかなくなった。手に入れた金は生活費やブランド品、旅行や飲み代などに使い、貯金もしていた。
家では「詐欺師」の顔を隠しながら、「父親」「夫」として過ごす。嘘をつく毎日だった。
●「嘘をつく生き方」に終止符を
ところが、そんな日々も長くは続かず、ある日、約40人ほどの捜査員がいっせいに事務所に乗り込んできた。ちょうど、マニュアルをくれた男性が逮捕されたことを知り、事務所を片付けようとしていたときだった。
フナイムさんは逮捕・起訴され、裁判では懲役5年4カ月の実刑判決が言い渡された。保釈時に身元引受人となってくれた妻からは、服役中に離婚届が送られてきた。
「自分が悪い」と語るフナイムさんだが、失ったものは大きすぎた(masa / PIXTA)
刑務所で、高卒認定試験をはじめとする資格試験や職業訓練を受けたり、本を読んだり、日記を書いたりしていくうちに、自分の考え方が歪んでいることを自覚した。
「多額の金を得ても、なぜか、常に心のどこかに穴があいている感覚でした。芸能活動や輸入雑貨の販売をしていたときは、お金がなくても、精神的な満足感があったんですよね。本当に大切なものは『金』ではない。やっと、そのことに気づけたんです」
被害者だけではなく、家族や友人などに嘘をつき続けてきた自分とも向き合った。
「正直に生きよう。もう嘘をつく生き方はやめよう」
こう決意したフナイムさんは、2021年1月に仮釈放され、社会に戻ってきた。「フナイム」と名乗るのは、受刑者として付される番号が2716(フナイム)番だったためだ。仮釈放時の身元引受人は、後輩が引き受けてくれた。
裁判時に、被害者には弁済と和解が成立しているという。
●自分と関わる人たちの「笑顔」がみたい
「正直に生きる」と決めたフナイムさんは、2021年6月から「元受刑者」であることを公にしたうえで、ツイッターを開始。すると、犯罪をおかした人やその家族などから、次々と相談が寄せられるようになった。
「自分の経験が役に立つかもしれない」
そう考えたフナイムさんは、今年2月から「レンタルなにもしない人」になぞらえて「レンタル元受刑者」として活動を始めた。
相談を聞くだけではなく、居酒屋などの手伝いも引き受ける。自らの経験を語ることで、同じように犯罪に手を染めてしまう人を減らしたいという願いもある。
しかし、犯罪をおかした人に対する世間の目は厳しい。ときには、非難の声が寄せられることもある。フナイムさんは「賛否両論あるのは当然。興味があるからこそ、コメントをくださるのだと考えています。どんなコメントにも感謝している」と語る。
「元受刑者」である自分を受け入れてくれる人たちや企業もある。そのひとつが、客として足を運んだことがある東京・高田馬場のカレー屋「極哩」だ。
「『レンタル元受刑者』として手伝いを頼まれたんですよ。そこで、『自分でつくってみなよ』とレシピの本を渡されたんです。本を読んで、今年3月にスパイスカレーづくりに挑戦し、動画配信したところ、『極哩』の方たちがみてくださって。『おもしろい』と声をかけていただき、その後、『極哩』で修行を積ませていただきました」
「自分を受け入れてくれたカレー屋『極哩』には感謝しかない」と語るフナイムさん(7月15日、弁護士ドットコム撮影)
店名の「COUSEI」には、「恒星のように、自身のエネルギーで輝き、社会の皆様へ幸せを照らしたい」「元受刑者として更生し、社会に貢献したい」という2つの意味がこめられている。
「僕にとって『更生』とは、自分で決めるのではなく、他人に認めてもらうもの。社会が本当に僕のことを必要としてくれて、心底から『この人ならば大丈夫』と信用してくれたときに、初めて『更生』と認められるのではないかと考えています。
今の僕は、とにかく目の前のことをやることが大切だと思っています。そして、なにより、自分と関わってくれる人たちには笑顔になってほしい。楽しいと感じてほしい。これが、今の目標ですね」
一通り話を聞かせてもらったあと、記者はフナイムさんの創作カレーを食べた。
記者が食べた二種盛カレー。日替わりメニューは2・3日に1回変わる(7月15日、弁護士ドットコム撮影)
運ばれてきたのは「海鮮だしのシーフードマンゴーカレー」と「パイナップルとカシスのクリームチーズキーマ」の二種盛カレー。マイルドすぎず、辛すぎない味付け。スパイスを存分に楽しみ、完食した。
開店時間の午前11時になると、ちらほらと客が来店し始めた。「めちゃくちゃおいしいよ!」と笑顔でフナイムさんに話しかける客もいた。
フナイムさんは、一人ひとりの客に感謝のことばを伝え、食事を終えて店を出る客には「ありがとうございました!よい1日を!」と声をかけていた。
※取材は新型コロナウイルス感染症対策のうえ、おこなった。
【カレーハウスCOUSEI】 ・所在地:新宿区新宿3-35-7 さんらくビル B1F ラッツダイニング内 ・営業時間:木~金11:00~14:00、土日祝11:00~13:45 ・定休日:月火 ・インスタグラム:instagram.com/couseicurry2022