今年(2022年)の春闘で、出版業界でフリーランスとして働く人の労働組合「出版ネッツ」が報酬の10パーセント引き上げを求めたーー。インタビュー記事を掲載したところ、ライターとして生計を立てる人たちから大きな反響が寄せられた。
同組合は取材時「報酬の水準は30年間変わっていない」だけでなく、ウェブ媒体においては「クラウド型のマッチングサイトで『1文字0.5〜1円』といった破格な低報酬の案件がやりとりされている」と、フリーランスのライターをめぐる厳しい状況に言及した。
しかし出版不況や雑誌の相次ぐ休刊で、ウェブに活路を見出そうとするライターは多い。筆者も当事者の一人であり、同業者たちがどう考えているのかは気になるところだ。紙媒体やウェブ業界に詳しいライターに事情を聞く機会を得た。(ライター・高橋ユキ)
●「SEOで稼いでいる人はよく『上流工程を目指す』と言う」
低額の文字数単位の報酬案件が最初に話題になったのは、2016年に起きたDeNAの医療情報健康サイト『WELQ』騒動の際だった。当時、サイト上には医学的に不正確な記事が多数アップされているとして多方面から批判を浴び、DeNAは再監修のため全ての記事を非公開に。のちサイトは無期限休止へと至る。
この過程で「1文字1円ライター」と言われる、格安で仕事を請け負うライターたちの存在が炙り出された。彼らは、参考となるURLをもとに「元サイトと内容が類似しないように」など、いわゆる“パクリだと分からないように見せる”ためのマニュアルに沿ってライティングしていたのだという。マニュアルはWELQ側が作成したものだ。
WELQは閉鎖されたが、大手クラウドサービスにはいまも「1文字0.●円」などさらに安価な仕事が並んでいる。
紙媒体のほかSEO、オウンドメディア業界でも仕事を請け負うフリーランスのライター、Aさんに話を聞くと、一般的に単価が高いとされるSEO案件でも、「文字単価1円台の募集がすごく多い」という。
「クラウドソーシングが安いというイメージがあるかもしれませんが、SNSで募集をかけている案件でも文字単価1〜2円台の案件は多く、SEOはそんなに高くはないと感じています。SEOで稼いでいる人はよく『上流工程を目指す』と言います。
ディレクター的ポジションとなり、クライアントから文字単価3〜5円ほどで発注された案件を、ライターに文字単価を下げて発注するという流れです。そういう仕組みは好ましいとは感じていませんが、SEOで稼ぐにはそうせざるを得ない現状はあります」
SEO案件での執筆は、Google検索で上位表示されるように指定されたキーワードを文章に盛り込むなど、さまざまな工夫をする必要があり、単純に時間がかかる。
Aさんが請け負うSEO案件の文字数は3000〜4000ほどで文字単価は1.5円が主流。1記事あたりおよそ、4500〜6000円の原稿料となる。これだけで月に30万円を売り上げようとすれば、50本以上の原稿を書く必要があるのだが、発注元によっては、最終的な文字単価が下がるような注文をつけてくる場合もある。
「『句読点は文字数に含まない』といった案件があります。あといろんな口コミを紹介して構成するレビュー記事なのに『クチコミは文字数に含めません』というところもある。かなり大変です。そんな怪しいクライアントは、SEO案件を請け負うライターの間で話題になりますね。
実際に文字単価0.5円でマニュアルも厳しく、修正依頼も多い案件を受けたことで、ライターに向いてないと思い、諦めてしまった方もいます。文字単価が高い方が仕事内容が厳しいというイメージを持たれがちですが、全然そんなことはないんです」
●SEO案件に多い「テストライティング」
SEO案件の中には「テストライティング」という予行演習的な作業を行い、それに合格して初めて受注できるものも多い。
テストライティングの報酬は別途定められているが、本採用時の原稿料の10分の1から、本採用時と同じ金額まで、とクライアントによって差が大きい。不採用となれば仕事を依頼されないことが一般的だが、テストライティングの報酬によりクライアントの懐具合も想像ができるともいう。
「SEO案件では、クライアントから発注されても、仲介者がいてその人が報酬を払っているのか、企業が出してるのかが判断しづらい時がある。仲介者が報酬を下げているのか、そもそも発注時点の報酬が安いのか、見分けるのが難しいです。
テストライティングがすごく安い案件の場合、『予算がないんだろうな』など、消去法のように推測していくしかないですね。文字単価換算の案件で、必要なことを書いて指定の文字数をオーバーした場合、その分を上乗せしてくれるところもあります。細かい対応を見ながら推測して取捨選択を続けています」
●「原稿料は紙の方が1.5倍から2倍ぐらい高い」
AさんはSEO案件だけでなく、企業のオウンドメディアや紙媒体、雑誌系ウェブメディアからも仕事を請け負う。内容もさまざまで、インタビュー記事もこなすが、内容は同じでも媒体によって報酬が違うことには疑問を感じている。
「紙媒体でインタビュー記事作成のお仕事をした際、工数はウェブ媒体と変わらないのに、原稿料が紙の方が1.5倍から2倍ぐらい高かった。やっぱり紙の値段を知っていると、ウェブでも3万とか4万ぐらいお支払いいただいてもいいんじゃないかなっていう感覚にはなります。やっていることは変わらないのにウェブだから低いっていうのは、悲しいですよね」
インタビュー記事は、下調べを行い、質問事項をまとめ、実際にインタビューを行い、そのときに録音していた音声をテキスト化して、原稿を作成する。これを整えたのち、インタビュイーに内容を確認してもらい、修正点を反映して、完了となる。
長ければ1カ月ほど手離れしない案件もあり、意外と工数がかかるが、ウェブ媒体では1万円台から2万円台ほどの報酬が主流である。Aさんはそのため、最近は「インタビュー記事でも、また他の記事でも、自分から企画を持ち込む場合は、少しだけ金額を上げていただくようお願いする場合もあります」という。
「これを取材してください、と言われた案件や、媒体側で企画やアポイントメントまでやってくれる案件と、自分で企画から全部やる媒体とで金額を変えている場合もあります。以前は全て同じ報酬で受けていたことがあったのですが、企画を出すのは時間もかかり、また没になればその時間が無駄になってしまう。学習して交渉するようになりました」
●「ウェブメディアだけで頑張ろうとしても、苦しくなる」
さらに「工数を確認して時給換算して、ある一定の額を下回らないようにという自分なりのルールを決めています」とも。こうしてメディア業界で仕事を続けながら工夫を重ねているAさんだが、問題を感じることは多いそうだ。
「出版系ウェブメディアだけで頑張ろうとしても、精神的にも金銭的にも苦しくなる。そもそもウェブの報酬の基準が高いとは言えない。そして上がらない。実際にオウンドメディアの仕事を増やしてからの方が生活に余裕が見えてきたんです。
出版業界って、自分が企画を出し続けなきゃいけないことが多い。常にネタを探さなければならない状態が苦しいと思うことがありました。企業案件は、専門書を読むなどの勉強が必要な場合もありますが、書いてほしいことが決まっていたりするのでその点が楽です。
また主に広告で収益を得るウェブメディアでは、PVが重要になりますが、記事の拡散をライター任せにしているところが目立ちますし、原稿を書き終わってからもずっと作業が続く感覚があります。知名度のあるライターさんの拡散力と、そうでないライターの拡散力は違う。そこがやっぱり辛いな、悲しいなと思う時はありました」
媒体側はPVに応じて収益が上がるが、PV数によるインセンティブのない媒体では、ライターの報酬は変わらない。もちろん、実績としてアピールするため、多くのライターは記事公開時にSNSで発信するものの、PV数が上がろうが、SNSでの拡散はボランティアだ。
さらにSNSでの宣伝も担い、カメラマンをつける予算のない案件では見よう見まねで写真も撮影する。ライターの職域は拡大し続けているが、金銭的な見通しはさほど明るくない。
それでも仕事を続ける理由はさまざまだろう。いまさら会社員にはなれない年齢になっているか、スキマ時間を活用できるからか、またはやりがいを感じていて業界の未来も変えたいと思っているか……。
ウェブメディア側は、こうした事情をどう捉えているのだろうか。取材を続けることにした。
【プロフィール】高橋ユキ(ライター)。1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)「逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白」(小学館)など。好きな食べ物は氷。