男性受刑者が抱える健康に関する悩みでは、腰痛、歯の症状、頭痛が多いことが、民間NPOの調査でわかった。刑務所の受刑者や出所者を支援するNPO「マザーハウス」が12月15日、東京都内でイベントを開き、受刑者の健康実態と健康意識に関するアンケート調査の結果を発表した。
全国56カ所の矯正施設で生活する成人受刑者725人にアンケートを送り、有効回答者数は275人(20〜80代の男性:調査期間は2017年10月から2018年9月)。
「マザーハウス」理事長の五十嵐弘志さんは「受刑者の健康のためには心と身体、両方のケアが必要」とし、自覚症状として挙げられた歯や腰痛の問題をケアするための体制やカウンセリングなどをおこなう必要性を訴えた。
●自覚症状「腰痛」がもっとも多く、つぎに「歯の症状」
調査研究の責任者を務めた中谷こずえさん(岐阜保健大学看護学部)の報告によると、受刑者にあらわれている自覚症状としては「腰痛」、「歯の症状」、「頭痛」の順に多かった。
また、一般者(一般社会で生活する人)と比較すると、中でも歯の悩みを抱える受刑者が少なくないことも分かった。受刑者は年に1回は健康診断を受けるが、その中に歯科検診は含まれていないという。
受刑者の義歯などを除いた歯の数(現在歯数)は、一般者と比較すると、「20歳代」を除いたすべての年代において低値だった。
歯磨きを2回以上おこなう者も一般者(77.1%)よりも受刑者(60%)が少なかった。日中作業をしている人に対し、昼休みに歯ブラシを持って出かけることが許されなかったり、歯磨きの時間を設けられていなかったりすることなどが理由として考えられるという。
喫煙歴を有する受刑者は8割以上。喫煙は歯の血管の血流を悪くしたり、歯周病を悪化させたりなど歯の症状に影響を及ぼすとされている。
刑務所や少年院などに収容された人に治療(矯正医療)をおこなう場合、医療保険を使用することはできず、すべて国費負担となる。しかし、義歯には適用されないため、手持ちのお金がなければ義歯をつくることはできないという。
●刑務所の中で初めて適切な医療を受けられたという声も
看護師でもある中谷さんは、調査結果を受け、一部の施設で同意を得られた受刑者に対し、通信教育や対面などの方式で、口腔ケアの指導やリラクゼーションなどをおこなっているという。「今後は支援の成果を示したい」とし、「社会復帰をするためには、職業訓練だけではなく、現実的にはその人の健康を支える必要がある」と語った。
イベントには元受刑者や研究者なども参加。留置場や矯正施設で多量の精神安定剤や睡眠薬などが処方される現状があること、工場に行きたくないなどの理由で詐病(仮病)を使う受刑者も少なくないことなどのエピソードが挙がった。
また、矯正医官(刑務所や少年院などの矯正施設で勤務する医師)の小林誠さんによると、受刑者から「これほどの医療を受けたことはない。ここに来て良かった。また来ます」などという声を聞くこともあるという。
小林さんは、受刑者が刑務所に入る前から歯の治療など適切な医療を受けられなかった可能性もあることを指摘し、「社会で彼らがどのような扱いを受けてきたのかも考えるべき。刑務所の中だけの話ではない」とした。