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教え子の女性を殺害した「赤とんぼ先生」、なぜ「嘱託殺人罪」が適用されたのか?
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教え子の女性を殺害した「赤とんぼ先生」、なぜ「嘱託殺人罪」が適用されたのか?

赤とんぼ研究の教え子だった東邦大(千葉県)の大学院生の25歳女性を殺害したとして、殺人の罪に問われていた福井大大学院元特命准教授の前園泰徳被告人(44)に対して、福井地裁(入子光臣裁判長)は9月29日、嘱託(しょくたく)殺人罪を適用し、懲役3年6月(求刑懲役13年)の判決を言い渡した。

報道によると、被告人側は裁判で、女性と不倫関係にあったことと認めた上で、「殺してください』と頼まれたとして、殺人罪ではなく、嘱託殺人罪の適用を主張していた。検察側は、交際が公になり、地位や家族を失うことを避けるために殺害したなどとして、殺人罪の適用を求めていた。

判決は、女性が精神的に不安定だったと指摘して、「自殺の意思を有していた可能性は否定できない」「嘱託がなかったと認定するには合理的な疑いが残る」として、殺人罪ではなく嘱託殺人罪が適用されると結論づけた。

嘱託殺人罪とはどんな罪なのか。嘱託があったかどうかが裁判の主な争点となっていたが、どのような観点から判断されるのか。刑事事件に詳しい伊藤諭弁護士に聞いた。

●検察が「嘱託がなかったこと」を証明する必要があった

嘱託殺人罪とは、被害者から殺害の依頼があり、それに応じて殺害をする犯罪をいいます。

殺人罪は、死刑または無期、もしくは5年以上の懲役にあたる犯罪です。しかし、嘱託殺人罪は、被害者が自分の命を放棄しているという点で、通常の殺人罪よりも被害者の生命の保護の必要性が低いことから、軽い法定刑(6ヶ月以上7年以下の懲役または禁錮)が定められています。

本件は、殺人罪で起訴されており、被告人・弁護人は嘱託殺人罪にあたるという主張をしていました。この場合、検察官は、「嘱託がなかったこと」の証明をしなければなりません。

「なかったこと」の証明は通常困難ですが、被告人自身に殺害の動機があったことなどに加え、被害者の生活状況、精神状況、人間関係、経済状況など様々な視点から、『この被害者が自分を殺してほしいなどと依頼するはずがない」という間接事実を証明していくことになるのでしょう。

他方、弁護人としては、被告人や関係者の証言などから、被害者に自殺願望があったことや、被告人に対して「自分を殺してほしい」と言っていた可能性を指摘していくことになります。

殺人罪の立証責任は検察官側にありますので、嘱託があったことを弁護人が証明する必要があるわけではありません。

報道にある判決の理由として「自殺の意思を有していた可能性は否定できない」「嘱託がなかったと認定するには合理的な疑いが残る」という一見回りくどい言い方をしているのは、「自殺の意思を有していた」「嘱託があった」ことまで認定する必要がないからです。

判決文を精査したわけではありませんが、報道を前提にしても、裁判員裁判での評議によって、こうした立証責任にしたがって合理的な判断がなされているものと考えます。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

伊藤 諭
伊藤 諭(いとう さとし)弁護士 弁護士法人ASK川崎
1976年生。2002年、弁護士登録。神奈川県弁護士会所属。中小企業に関する法律相談、弁護士等の懲戒請求やトラブル対応などを手がける。第一法規「懲戒請求・紛議調停を申し立てられた際の弁護士実務と心得」著者。

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