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日本人選手、海外サッカークラブ「給与未払い」の壁を突破…FIFAへ提訴して勝利
一時帰国中の中村元樹選手(2017年12月)

日本人選手、海外サッカークラブ「給与未払い」の壁を突破…FIFAへ提訴して勝利

外国でプレーする日本人サッカー選手は多く、「海外組」は日本代表の中心を形成する。もっとも代表とは無縁で、レベルが高いとは言えない国でプレーする「海外組」の方が圧倒的に多く、その数は優に100人を超えると言われる。それらの中には給与の遅配、未払いは当たり前の「ブラッククラブ」に苦しめられている者も少なくない。

そんな中、インドのクラブチームと契約していた中村元樹選手(30=前ビィ・フォアード ワンダラーズ、アフリカ・マラウィ)はFIFA(国際サッカー連盟)に提訴し、4年4か月後に未払いだった給与を一部だが手にした。世界を渡り歩くプレーヤーの「ピッチ外の戦い」を紹介する。(ジャーナリスト・松田隆)

●世界を渡り歩く中村元樹選手、インドのチームとトラブル

中村元樹選手は小学生の頃、欧州のクラブで活躍する中田英寿選手の活躍を見て海外でサッカー選手になることを夢見るようになった。高校卒業後の2005年以降、プロ契約を目指してドイツ、ベトナム、ペルーでアマチュアとしてプレー。その間、帰国して社会人チームでプレーしつつセレッソ大阪の練習に参加するなどして、2011年にアルバニアでプロデビューを果たす。2012年1月に複数のオファーから条件の良かったインド・コルカタにある当時Iリーグ2部のモハンマダンSCに移籍。契約書を交わした後にビザ取得のためいったん帰国したが、その間にクラブが態度を一変させた。

「ビザは取得できましたが、チームは約束していたインドへのエアチケットを送ってこないし、給料も支払わないんです。『どうなってるんだ』と何度も電話しましたが、相手はノラリクラリ。結局、日本に留まったまま6か月の契約期間満了です。クラブは僕が帰国している間に既にビザを持ち、すぐにプレーできるウズベキスタンの選手を獲得してプレーさせていたと、後から聞きました」。

その後、メールで「1か月分の給料を支払うから、それで解決としよう」と言われたが拒否。知人から紹介された国際プロサッカー選手会(FIFPro)アジア・オセアニア支部代表の山崎卓也弁護士の勧めもあり、給与の支払いを求めてFIFAへの申し立てを決意した。

こうした給与未払い事例は日本人が多くプレーするアジア(インド、タイ、インドネシア、マレーシア、中国、韓国等)をはじめ、世界各国で発生している。

FIFProの「グローバル雇用報告2016年版」を見ると、調査した選手の41.3%が給与の遅配を経験。それ以外にも選手側から契約を打ち切るよう仕向けるため、1人での練習を強制させられた選手が6.2%といった事実が報告されている。

中村選手は「クラブの力が強く選手の力が弱いので、特に『この選手は選択肢が少ない』と見ると、足元を見て条件を変えてきたりします」と現場の状況を説明する。

●契約書の内容が履行されると思ったら「大間違い」

2012年12月、日本プロサッカー選手会を代理人として、モハンマダンSCが未払いの給与を支払うよう、FIFA紛争解決室(以下DRC=Dispute Resolution Chamber)に申し立てを行った。

この種の申し立ては、以下の手続きで進行する。

(1)DRCによる決定

(2)相手が決定に従わない場合、FIFA規律委員会(以下DC=Disciplinary Committee)に対し相手に懲罰を与えることの申し立て

(3)DCが決定を経て、各国サッカー協会に処分の履行を命令

本件事案は以下のような経緯をたどった。

・DRCがモハンマダンSCに対して2か月分の給与の支払いを命令(2013年6月)

・DCが「支払わなければリーグ戦での勝ち点3を剥奪、それでも支払わなければ降格処分もある」と決定(2014年12月)

・DCに対して勝ち点剥奪処分と降格処分をするよう申し立て(2015年1月以降複数回)

・降格処分をするよう再度の申し立て(2016年11月)

・モハンマダンSCが支払い(2017年2月)

●サッカークラブ側の対応は

モハンマダンSCは勝ち点剥奪をチラつかせても無視。降格処分を受けそうになった2015年11月には、訴訟外で4分割での支払いと遅延損害金の免除を求める申し出をしてきた。最初だけ支払って処分を免れ、その後支払わずに紛争を長引かせる考えだったのかもしれない。遅延損害金の免除はそうした狙いを思わせる。中村選手サイドは即座に拒否し、あくまでもFIFAに解決を委ねた。

こうして2017年3月、中村選手の口座に2か月分の給与8000ドル(約89万6000円)相当と遅延損害金を含む額が入金された。24歳の時に受け取るはずだった給与(の33%)を手にしたのは6年後、30歳の時である。

「日本人は通常、契約は守られるべきものと思っていますが、僕が行った国では全く違いました。海外では『契約書を交わせば100%履行される』と思ったら大間違いです」。

同選手はモハンマダンSCを離れてから、その後に入団した外国人選手の話を耳にした。その選手も2か月分の未払いがあり、クラブが契約延長を持ちかけてきた時に応じる条件として未払い分の支払いを求め、2か月分を手渡しで受け取るとすぐに出国したという。FIFAへの提訴という手段を知らない、知っていても取れない場合には、狐と狸の化かし合いのようなことをするしかないのが現実である。

今回の事例で、山崎弁護士とともにFIFAへの申し立てをサポートした杉山翔一弁護士は、海外でプレーを考える選手に向けてこうアドバイスする。

「アジアや東・南ヨーロッパなどには給料を支払わないクラブが存在することを認識しないといけません。選手がすべきことは契約書をもらうことです。今回のような手続きに乗せるために必要だからです。それを恐れて渡さない悪質なクラブもあります。そして困った時は選手会や弁護士に相談すること。今回の例を、同じような境遇に立たされている選手に知ってほしいです。そうした人たちの依頼を受けることで、彼らを助けられるかもしれませんから」

多くの経験をしてきた中村選手には現役引退後、クラブチームのマネジメントをしないかという打診が複数あるという。

「アジア、アフリカ、東欧では契約通りに給料を支払うという、当たり前のことができないクラブがほとんどです。僕がそういう立場になったら、まず遅れずにちゃんと給料を支払います。その上でオーガナイズされた練習、選手の年齢や力量にあったマネジメントをしてチームを強化していければと思います」と夢を語る。自分のような思いをさせたくないという気持ち、契約を守ることの大事さを身を持って知ったからこそ言える言葉なのだろう。

華やかな世界の裏に真実の闇がある。中村選手は、そこに一筋の明かりを照らしたと言えるかもしれない。

【取材協力】

中村元樹(なかむら・げんき) 1987年、兵庫県芦屋市生まれ。アルバニア、インド、フィリピン、ラオス、マラウイのチームとプロ契約(ポジションはFW、攻撃的MF)。2017年にマラウィのチームとの契約期間満了に伴い帰国。現在は日本でサッカースクールを経営しつつ、全大陸でプレーをすることを目標に、唯一未経験のオセアニアのクラブへの移籍を模索している。日本語以外に英語、ドイツ語、スペイン語が堪能で、イタリア語もほぼ理解する。

【取材協力弁護士】

山崎卓也弁護士、杉山翔一弁護士

事務所名:Field-R法律事務所

事務所URL:http://www.field-r.com

【プロフィール】

松田隆(まつだ・たかし)

1961年、埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。日刊スポーツ新聞社に29年余勤務後、フリーランスに転身。主な作品に「奪われた旭日旗」(月刊Voice 2017年7月号)。

ジャーナリスト松田隆 公式サイト:http://t-matsuda14.com

(弁護士ドットコムニュース)

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