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なぜ日本で「解雇規制の緩和」が進まない? 倉重弁護士「硬直した議論はもうやめよう」
倉重弁護士

なぜ日本で「解雇規制の緩和」が進まない? 倉重弁護士「硬直した議論はもうやめよう」

旭化成の小堀秀毅社長が朝日新聞のインタビュー(2017年12月7日掲載)で、「30代後半から40代前半の層が薄くなっている」と話したことについて、ネット上で「就職氷河期世代に何をしたのか覚えてないのか」「採用しなかったのは企業側だろ!」などと話題になった。

一般的に就職氷河期はバブル崩壊後の1993年から2005年までとされており、小堀社長が言及した今の30代後半から40代前半に当たる。小堀社長は「その世代が中間管理職として一番パワーをもたないといけない時代にさしかかってきました。キャリア採用もしていますが、なかなか人が集まりません」と話している。

日本の雇用形態をめぐっては、終身雇用の慣行があり、それを法的に裏付けるものとして、高度経済成長期に判例によって形成された厳しい解雇規制がある。不況時代に正社員を解雇できない状態で人員を削減せざるをえないなら、新卒の採用抑制になるのも仕方がない面がある。

雇用をめぐる法規制あり方についてどう考えればいいのか。自身も就職氷河期世代で、解雇規制の緩和を訴えている倉重公太朗弁護士に聞いた。(編集部・新志有裕)

●新卒採用の抑制がてっとり早かった

——30代後半から40代前半の層が薄くなっているという発言について、どう考えればいいのか

解雇しにくいという日本型雇用の悪い面が凝縮されています。就職氷河期の世代が就職活動をしていたころには、各社リストラをしていました。とはいえ、この場合、厳しい規制がある整理解雇ではなく、希望退職の募集がほとんどでした。希望退職だと、従業員から辞めたくないと言われてしまえばどうしようもありません。

そうなると、新卒採用を抑えるのが手っ取り早かったわけです。減らしやすいところから減らして、その結果、新しい時代についていける人材がいなくなり、日本企業の競争力をそいでしまうことになっているのが現状です。リーマンショックの時も同じことが起こったでしょう。もっと雇用が流動化していれば、新卒をたくさん採用することもできたはずです。

——これから中途採用をすればいいのではないか

中間管理職になれそうな人材がいるのであれば、中途で採用すればいいはずです。しかし、日本の企業の転職率は40歳を過ぎると落ちてしまうので、なかなか採用できないのです。それは旭化成の社長が「なかなか人が集まりません」と発言している通りです。

社会全体で5年先、10年先が見通せない中で、一つの企業で新卒一括採用、そしてその後の終身雇用ということにこだわるべきではなかったはずです。働く側からしても、新卒で入る会社は、ただ最初に勤めるだけの会社です。色々と経験してから分かることもあるはずです。

今の労働法は、1つの会社で働く終身雇用を大前提にしていると考えていますが、時代の変化にそぐわないものになっているのではないでしょうか。

●簡単にクビにできない金銭解雇制度を導入すべき

——法制度はどう対応すべきなのか

やはり解雇規制のあり方を変えるべきでしょう。ただ、アメリカのように、アットウィル(雇用主が自由に採用、解雇できること)の雇用はやりすぎで、日本の雇用環境にはマッチしないと思います。解雇問題を金銭で解決する欧州型を目指すべきです。

注意してほしいのは、解雇といっても、その方の人格が悪いのではなく、単にその会社にその人のスキルが合わないということです。そのスキルが別の会社で生きるのであれば、別の道を探したがいい場合も多いでしょう。

——金銭解雇については現在、政府でも議論されているが、解雇が乱発されてしまう懸念はないのか

解雇の際に「勤続期間に応じて最大1年間分の賃金を払う」などの条件をつければ、簡単に解雇はできません。「マッチしない人に出て行ってほしいけれど、簡単には出せない金額」をラインとして設定すればいいのです。一般的に転職に要する期間は最大で半年程度です。退職した後に、仕事を選ばなければ半年程度で普通は決まります。失業保険に加えて、足りない部分を金銭補償として会社が出すような仕組みにすればいいのです。つまり、一つの会社で終身雇用ではなく、社会全体で雇用を考えるということです。この金額を払わなければ解雇できないとすれば、それなりの負担があるので、ブラック企業が解雇を乱発することもやりにくくなります。

解雇するだけして、企業が金銭を払わないという事態を招くのではないか、という指摘もありますが、支払義務の規定を労働基準法に入れてしまえばいいのです。そうすると、金銭が支払われなかった場合、弁護士に依頼しなくても、労働基準監督署が動くことができます。

結局、現状の制度のもとでも、解雇問題は労働審判で金銭和解するケースが多く、裁判に至るケースはごくわずかです。そうであるならば、裁判という手間をかけなくても解雇することのでき、労働者としても金銭を得ることができる仕組みにした方が、企業にとっても、労働者にとっても良いのではないでしょうか。

●0か100かの議論から脱却を

——長年、解雇規制の緩和論が様々な立場の人から主張されてきたが、そういう方向に日本社会が向かっていないようにみえる。それはなぜなのか

完全に解雇を自由にするか、全くできなくするかという、0か100かの議論になって、硬直しすぎているように見えます。しかし、物事の本質はそう簡単に0か100かで割り切れるものではないでしょう。アメリカ型がいいと言っているわけではないんです。解雇規制を緩めて、どう社会全体で労働者を保護するのか、という議論をすべきなのです。

0か100かという意味では、新卒採用だって同じことです。雇用が流動化したからといって、新卒採用を全部やめるべきではないでしょう。人材教育などの面で、新卒採用にもいいところがあります。ただ、「新卒採用しかしない」と就職活動時の景気動向により人生が左右されすぎてしまうのがおかしいと就職氷河期世代としては思います。

——これから人口減少による人手不足社会を迎える中で、流動性が高まる方向には向かいにくいのではないか

人手不足とはいっても、企業にマッチしない人材を抱え込むことについては合理的ではないでしょう。ミスマッチが起きているのであれば、早く次の会社に移った方がいいです。人手不足の解消と雇用の流動化は両立します。

——雇用の流動化といっても、ひとくくりにできず、解雇が難しい無期雇用(正社員)と雇い止めなどが起きやすい有期雇用(契約社員や派遣社員)の格差問題もある。正社員の解雇規制を緩和すれば、両者の格差がなくなる、という意見の一方で、みなが不安定な状況に置かれるので、労働者が望むのであれば、正社員にするべきだという考え方もある。どう考えればいいのか

法改正が場当たり的なので、無期転換の前に雇い止め、といった現象が起きてしまいます。結局、新卒の抑制と同じで、弱い人が割を食う社会になってしまいます。

労働法の議論は、正社員の保護というミクロな話ばかりで、もっと広い意味で、日本全体で見た時の経済的・社会的合理性は何か?という点を議論すべきです。ある問題社員を守るがゆえに、新卒採用が1名減ったり、契約社員や派遣社員、業務委託者の切り捨てが起きたりするわけです。正社員だけを守っていても、必ずどこかにしわ寄せがいきます。また、守られる側が悪者だということになって、社会の分断のような不幸な事態が生まれることもあるでしょう。

では全員を正社員にできるかというと、企業の「財布」は限られていて、人件費の総額は決まっています。結局のところは原資をどう分配するのかという議論で、全員正社員にして一生給与保証できるのならいいですが、今のままで全員正社員にすると、給与が支払えなくなり、会社自体が立ちゆかなくなれば本末転倒です。

「解雇規制緩和ダメ・ゼッタイ」ではなく、これからの時代に相応しい合理的な雇用システム、労働者保護のあり方はなんなのか、法律だけでなく、経済も含めて、日本の雇用社会の未来を考えたうえで、新しい労働法をデザインする。そういった流れに向かっていって欲しいと思います。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

倉重 公太朗
倉重 公太朗(くらしげ こうたろう)弁護士 KKM法律事務所
第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長。日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事、日本CSR普及協会理事。経営者側の労働法専門弁護士として、労働審判・労働訴訟の対応、団体交渉、労災対応等を手掛ける他、セミナーを多数開催。著作は25冊超、Yahoo!ニュース個人「労働法の正義を考えよう」等も行う。日本経済新聞社「第15回 企業法務・弁護士調査 労務部門(総合)」第6位にランクイン。

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