正直は一生の宝
「俺の代わりに弁護士になれ」
私の父は、戦争経験者なんです。 自ら志願して少年飛行兵として出征していました。
戦後、弁護士になるために10年勉強しましたが、夢は叶わず、会社員として働いて家族を養ってくれました。 今考えると、戦争を経験しているから武力や権力ではなく、言葉を使って争いを収める仕事に人一倍魅力を感じていたのかもしれません。 物心つくころから事あるごとに「お前は俺の代わりに弁護士になれ」と言われて育ちました。
当然反発しましたよ。「俺にも選ぶ権利がある」と言って、バイクレーサーを夢見ながらバイクを乗り回して遊んでいました。
でも高校3年生の秋、成績が悪い私が目指した志望大学名を見て、担任の先生が「受かるはずもないのに、受験料もったいなくないのか。太っ腹だな。」と言ったんですよ。それがもう死ぬほど悔しくてですね。次の日から1日16時間勉強することにしたんです。単純ですよね。 残念ながら現役では間に合わなかったんですが、1年間の浪人の末、目指していた志望大学に合格しました。
選んだ学部は、法学部。父に反抗しながらも、きっとどこかで弁護士という仕事を特別に意識していたんだと思います。 大学3年生の時、同級生が司法書士を目指すと言って勉強を始めた頃に、弁護士になろうと決めました。
最終的には、父の夢を叶える結果になりました。寄り道も回り道もたくさんしましたが、巡り巡ってこの選択をしたということは、始めから弁護士になる運命だったのかなと思うこともあります。
傷を、糧にする
弁護士として活動する上で私が大事だと思うことは二つあります。
一つ目は、「人としての総合力」です。
つまり、法律知識だけでなくて自分の社会経験や生き方を活かすということですね。 例えば、離婚問題の相談時に「とにかく辛い」と涙される依頼者がいらっしゃいますが、私はこの「とにかく辛い」という気持ちに、心から共感します。なぜなら、私自身に離婚経験があるからです。
私も自分が離婚する時には、「こんなにも辛いことがあるか」と思いながら、不安定な毎日を過ごし、心身共に疲弊しました。 自分は相手の事を考えて生きてこれたのだろうかと何度も自問自答しました。
一度は一緒に家庭を築いた人と別れるということは、いくら大人であっても精神的にかなりきついです。「いつからこんなに分かり合えなくなってしまったのだろう」とか、「許したくても許せない」といったような、当事者にしか分からない感情も渦巻きます。
嘆いているばかりでも問題は解決できませんが、依頼者にとって幸せな解決を導くためには、法律の知識以上に、“共感”や“労い”が必要です。
たまに「なんでそんなに私のこと分かるんですか」と依頼者に驚かれることがあるんですが、それは、私自身がしてきた経験に重ねてお話ししているからだと思います。
傷ついた経験が誰かを救う糧になることがあると、弁護士になって初めて実感しました。
模範解答なんてどこにもない
そしてもう一つ大事なことは、「決めつけないこと」です。
昔、ある刑事事件で国選弁護人を引き受けました。 被告人は、職がなく衣食住の全てに困っている状況。やり場のない怒りを発散するかのように、人の命を危険にさらしかねない犯罪行為を繰り返している再犯者でした。でも何度も接見を重ねる中で「こんなに話を聞いてくれたのは先生が初めて」だと言ってくれて、自分の犯した罪に対して反省した様子でした。
ところが、数年後、彼がまた同じ罪で再び逮捕・起訴されたことを人伝てに聞きました。そして同時に、「再び罪を犯すときに石山先生のことを思い出したけど、またやってしまいすみません」という伝言をもらいました。
虚しさを感じなかったと言えば、嘘になります。 でも一方で、私を思い出してくれたことは嬉しく思いました。
「私が弁護を引き受けることで被告人の人生を劇的に変えることができる」とは、思っていません。 私にできることは、被害者の気持ちを少し和らげられるように努力したり、再犯の時期を少し遅らせたりするような本当に僅かな変化かもしれない。
でも「結果が変わらないなら、やる意味がない」とは、どうしても思えないんです。むしろ、そういう小さなことの積み重ねが、いつか人を更生させる理由になり得ると心から信じて仕事をしています。
刑事弁護に限ったことではありませんが、人の人生において、“誰の、どの言葉が、どのタイミングで響くか”は分からないですよね。そこに模範解答はないんですよ。だからどんな依頼者であっても、真正面から向き合うことが必要だし、“どうせ結果は変わらない”と最初から決めつけて、諦めてはいけないんです。

「すごく優秀かどうかと聞かれると、なんとも言えない。しかし、彼は嘘をついたりズルをして楽をするような人間では、断じてない」
この言葉は私の実務修習指導担当弁護士のコメントです。
司法試験に合格すると、法曹資格を得るために司法研修所や実務修習地などで法律実務を勉強するんですが、私は初めから課題を器用に要領よくこなせるタイプではなく、決して出来のいい修習生ではありませんでした。ただ、「とにかく時間がかかってもいいから、抜け漏れすることなく一つ一つのことを丁寧にやろう」ということだけは守って研修に励みました。
そんな私を見てくださっていたのか、指導担当弁護士が就職先の代表弁護士に、私のことを「非常に正直で誠実な人間であることには間違いない」と断言してくれたんです。嬉しかったですね。一生その言葉に恥じない弁護士でいようと心に誓いました。
この一言があったから、弁護士としてなんとかここまでこれたと言っても過言ではないほど、大切にしている言葉です。
量こそ、質なり
考えてみれば、私は昔からどんなことでも体系的に理解しないと気が済まない性格で、勉強の仕方にもその性格が顕著に表れていました。 司法試験の勉強では出題範囲を勉強しているうちに、出題範囲ではないところにまで興味が出て調べ始めてしまうから、結果的に勉強時間も人の倍になってしまう。
でも、どんな勉強でも量をこなしていると不思議と質も上がってくるんですよね。高校時代の教師が「とにかく勉強量を増やせ」と言っていた理由が後になって分かりました。
そして、この法則は、“人生”に置き換えても一緒だと思います。 生きていると大変なことや、面倒くさいこともあります。 でもそんな時こそ、手を抜かずにとことん向き合うと、それまで知ることのなかった人生観に出会えたり、豊かな時間が多くなったりして、人生の質を高めることに繋がるのではないでしょうか。
心から信頼できる相談相手を見つけてほしい
このページを誰がいつご覧になるか分かりませんが、私が発信したいメッセージはただ一つ。 “まずは信頼できる人を見つけてほしい”ということです。
困っていることや辛いことを長い間一人で抱え続けるのは、心にも体にも負担がかかります。 弁護士でも弁護士でなくても、あなたが心から信頼できる人間に共有して少しでも楽になるのが一番です。
不安なことや実務的な質問があればいつでもご相談にいらっしゃってください。
あなたがまた心から笑える日が来るように、全力でサポートいたします。
