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帰省ラッシュを直撃したジェットスターの年末スト、戦術として正しかったのか
ジェットスター・ジャパンの窓口(2023年12月29日、読者提供)

帰省ラッシュを直撃したジェットスターの年末スト、戦術として正しかったのか

格安航空会社(LCC)ジェットスター・ジャパンの労働組合「ジェットスタークルーアソシエーション」(JCA)が2023年12月、未払い賃金の支払いなどを求めた会社側との団体交渉の不調により、12月22日からストライキ(争議行動)を実施した。

年末年始も連日、会社側と団体交渉を実施したがスト回避には至らず。能登半島地震の影響で、予定していた1月2〜7日のストは全面解除となったが、年末に複数の欠航便が出て帰省ラッシュを直撃したことは大きな話題となった。

●一部の組合員による「指名スト」

今回の争議行動は、全組合員が一斉に行うのではなく、一部組合員による「指名スト」の形で実施。その理由について、JCAは「利用客への影響を抑えるため」「(ストに参加する組合員の給与補償を全面的にできるほど)資金が潤沢でない」と説明してきた。

実際、スト初日の12月22日は4人で実施し欠航もなかったが、団交がまとまらず徐々に規模が拡大。29日は計36人がストに参加し、計17便が欠航した。

スト突入以降、団体交渉が頻繁に実施されるようになり、スト解消には至らなかったものの一定の動きもあった。

JCAによると、31日の団体交渉では、(1)変形労働時間制における所定労働時間外の労働に対する未払い賃金の支払い、(2)休業開始後に一方的に減額された通勤費の支払い、については労働協約を締結したという。ただ、(3)組合活動のために必要とする会社所管の施設、設備等の便宜供与について、事務所スペースの広さで会社側と折り合いがつかなかった。

厚生労働省の労働争議統計(1946〜2022年)によると、ストを含む労働争議の総数は、「1万462件」を記録した1974年以降は減少傾向で、2022年は「270件」。半日以上の同盟罷業(スト)に至っては2022年が「33件」と、最多だった1974年の「5211件」に比べて100分の1以下という数値だ。

スト低調時代に社会的耳目を集めた今回の指名ストをどう評価するか。労働問題に詳しい笠置裕亮弁護士に解説してもらった。

●ストの正当性「使用者との間の労使交渉のための行為か否か」

——そもそも、ストライキ(争議行動)権とはどのようなものでしょうか。

ストライキとは、団体交渉において要求を貫徹するため、使用者に圧力をかける労務不提供を中心とした行為のことを言います。

労働者は本来、使用者に対して労務提供義務を負っており、これを怠った場合には処分の対象となり得ますが、憲法28条が保障する正当な団体行動に該当するときは、たとえ会社に損害が生じたとしても、民事上・刑事上の責任を免れられるほか、使用者からの不利益取扱いも禁止されます。

ストが正当だと言えるかどうかは、「使用者との間の労使交渉のための行為である」と言えるかどうかという観点から、主体、目的、手続、態様の4つの点から判断されています。

主体という点では、団体交渉の当事者となりうる者が主体となって行う必要があり、一部の組合員が組合全体の意思に基づかずに行うスト(山猫スト)は正当性がないとされています。

目的については、団体交渉の対象となる労働条件などに関し、要求を貫徹するために行う争議行為であれば正当性が認められますが、使用者に対する要求事項とは異なる政治的主張を求めるための政治ストなどについては、正当性が認められません。

手続については、使用者との間の労使交渉のための行為であると言える必要があるため、いったん団体交渉を開始した上で争議行為を行う必要があります。

ストの態様については、消極的行為(労務を提供しない)であれば正当性が認められますが、積極的行為を伴う団体行動については、平和的説得を超えた場合には正当性は認められないと考えられています。

——JCAの実施したストは要件を満たしているのでしょうか。

今回のジェットスターで行われたのは、「指名スト」というものでした。指名ストとは、組合が特定の組合員のみを指名してストを行うものですが、これも労務を提供しないという態様にとどまっています。

これまで会社との間で、未払賃金等の交渉が続けられる中で、なかなか要求が通らなかったため、指名ストに入ったという経緯からすれば、主体、目的、手続の点でも何ら問題はないと言え、正当性が認められるストライキであると言えます。

●指名スト「基幹部門に絞れば全面ストと大差ない圧力を与え得る」

——スト中の給与はどうなるのでしょうか。

ストに参加した組合員については、労務を提供していないのですから、賃金の請求ができないと考えられています。組合としては、ストに参加する組合員の賃金部分を使用者に代わって補償をすることで、ストを行うことがあります。

問題は、ストを実行した組合の組合員ではあるもののストには参加していない場合(スト不参加者)や、ストを実行した組合にも入っていない者(他組合員、非組合員)に対する賃金がどうなるかという点です。

裁判例では、スト不参加者であっても、ストを実行した組合に所属しているのであれば、賃金の請求ができないが、他組合員や非組合員に関しては、最低限の生活保障を行う義務が使用者に生じる以上、休業手当(平均賃金の6割分)に関しては支払う義務が生じると判断されています。

——「どうせやるなら全面的なストを実施すべき」との声もネットではありましたが、「指名スト」を選択するメリットは何でしょうか。

指名ストの場合、全面ストと比べ、組合としては指名した組合員の賃金のみを補償すればよくなる上、ストの対象を基幹部門に絞れば全面ストと大差ない圧力を与えることができるため、選択されることがままあるようです。

●ユーザー側も「苦渋の決断であるということを理解する必要がある」

——今回のストで、一部利用者からは「勘弁して」などの悲鳴もあがりました。ストの意義について、ユーザー側(一般市民)はどう捉えるべきなのでしょうか。

今回、組合がストに突入した理由は、組合員に対する未払賃金の支払いや、組合活動に必要な設備・施設の供与を求めるというものでした。

労働者が働く最大の理由は、いうまでもなく賃金を受け取るためです。このような最も基本的かつ重要な権利が侵害されているということで、使用者としては速やかに是正する必要があったはずですが、これがなかなか是正されなかったという経緯があったようです。

しかも、残業代の計算方法や通勤手当の減額に問題があったと主張しているということですから、事実であれば、その影響は広範に及んでいるということでしょう。会社としては初期対応を誤れば、組合がストに突入するかもしれないことを予見できるような重要な性質の問題であったということができます。

年末年始は、帰省客・観光客で利用者数が増え、航空券代も上がる時期です。この時期に敢えてストを行うことで、使用者に対してより強い圧力をかけられると判断した組合の判断は、戦術的に正しいものでしょう。会社としても、今回の経緯から見て年末年始にストが行われる可能性があることを十分予見できたはずです。

能登半島での大災害や、羽田空港での大事故など、スト実施の前後には様々な大災害が相次ぎました。異例の事態直前というタイミングで、重要な賃金問題に関しては要求が一定程度通ったということで、組合として様々な判断があったと推察しますが、ストを解除しています。

私が見る限り、ストに入ったこと自体を含め、組合の決断に対する社会的な反応は概ね好意的なものが多かったように思います。

昭和の時代には、ストが各地で頻発していましたが、1970年代以降件数は激減しています。日本社会としてもストに対して慣れておらず、ストに突入することで社会的な批判を浴びることが十分考えられます。その中でストライキを敢えて行うことは、組合としても苦渋の決断であるということを理解する必要があると考えます。

プロフィール

笠置 裕亮
笠置 裕亮(かさぎ ゆうすけ)弁護士 横浜法律事務所
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「こども労働法」「就活前に知っておきたいサクッとわかる労働法」(日本法令)、「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。

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