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質は高いのに生産性が低すぎる日本のサービス業、コロナ明けの賃上げにつなげるには?
写真はイメージです(kou / PIXTA)

質は高いのに生産性が低すぎる日本のサービス業、コロナ明けの賃上げにつなげるには?

ホテルや飲食店などでの親切で丁寧な接客、時間通りに動く電車、なんでもそろっているコンビニなど、日本のサービスの質の高さは、海外でサービスを経験することで初めて実感できるかもしれない。

しかし、世界的にいまだ存在感のある製造業と違って、日本のサービス業は生産性の低さが指摘されている。

なぜ海外と比べて、質が高いのに生産性が低いのか。人の動きが再活発化する「コロナ明け」ともいえる今、どうすれば生産性を上げ、賃上げを実現できるか。生産性の問題を研究している学習院大学経済学部の滝澤美帆教授に聞いた。(編集部・新志有裕)

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●誤解されやすい定義 「生産性が低い=現場が怠けている」ではない

まず、生産性の定義について確認しよう。生産性にも様々なものがあるが、最もメジャーなものが労働生産性だ。これは、企業単位で見ると、以下のようになる。

付加価値(売上高ー外部購入価値)/労働投入量(従業員数や労働時間)

ざっくりというと、1人の従業員(もしくは1時間の労働)が生み出す成果のことだ。そして、労働分配率(付加価値に占める人件費の割合)が一定であるとの前提を置くと、労働生産性と賃金が連動してくる。だから、賃上げと生産性向上がセットで語られることが多い。

しかし、この定義が誤解されることも多い。

滝澤氏は「企業の方に生産性が低いと指摘すると、『現場で無駄なことが行われている』、『現場の人たちの働きぶりが悪い』と言われているように感じる人もいるのですが、いかに分母の労働投入量を減らし、分子の付加価値を増やせるかという単純な割り算の問題です。これを実現するために、ICT投資を進めたり、人への投資をしようという話であって、怠けているかどうかという話ではありません」と語る。

●小売や飲食などの生産性は、米国の4割にも満たない

しかし、正確な理解がされるようになっても、生産性が低いこと自体に変わりはない。滝澤氏が携わった調査では、日米の生産性比較において、サービス業の低さが目立つ。

米国を100とすると、日本の化学は143.2、機械は109.6と米国を上回っているにもかかわらず、典型的なサービス業である卸売・小売業は38.4、飲食・宿泊に至っては34.0という低い水準だ。

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●ほとんどのサービスで日本の方が「質」は高い

ここでポイントになるのが、日本のサービスの方が「質」が高い分野が多いということだ。「質」の高さを実現するために、生産性が犠牲になっている可能性もある。

例えば、日本のレストランでは、スタッフを多く投入して、管理もしっかりやって客に丁寧な対応をしている一方、米国では、人手をかけずに粗い対応をしているとすると、生み出す付加価値が変わらないなら、日本の方が接客の「質」は高いのに、生産性は低くなってしまう。

この問題について、日本生産性本部は、2017年にサービスの「質」についての日米比較調査(主査・深尾京司)を実施している。

これは、日米のサービス品質の差を測定するために、日米両国でサービスを経験した日本人と米国人に対して、品質の差を踏まえて、どれくらいのお金を出してもいいと思ったかを尋ねたものだ。例えば、米国のホテルを1とした場合、日本のホテルと同じサービスを享受できるのであればどれくらいのお金を出してもいいと感じているか、といったものだ。

すると、日本のサービスに米国より多くのお金を払ってもいい、との回答が、日本人も米国人もほとんどのジャンルで多かった。例えば、日本の地下鉄やホテル(エコノミー)については、米国人のポイントが1.29、1.28とそれぞれ高く、「質」の高さを評価していることが見えてくる。

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なぜ、日本のサービスの「質」が高いのか。滝澤氏はこう語る。

「国民性と言ってもいいでしょうね。日本人は初等教育、中等教育でしっかりとしつけられていますので、大人になって消費をする際に、かなり質に厳しいという面があるでしょう。アメリカでは、良いサービスをしたら、チップを多めにもらえるといったことがありますが、日本の場合は、当然の最低ラインであり、良いサービスをしても、上乗せ部分がないのが通常です」

さらに、「質」をめぐる競争の激しさもあるという。

「日本の国内では、同じようなサービスを提供している企業が多いので、競争が激しくなり、全体的に『質』が高くなります。ちょっとでもサービスを怠ると、他の企業に顧客を取られてしまいます」

そういう日本ならではの事情を除くために、生産性の日米比較において、先ほど紹介した日本の質の高さを示す値を産業ごとの付加価値に上乗せすれば、日本のサービス業は米国にかなり近いところまで迫れるのか。

滝澤氏のまとめでは、日本のサービス業の生産性もある程度上昇するが、せいぜい1割程度だ。例えば、「飲食・宿泊」の生産性は米国を100とすると、質の調整後に日本は33.3から38.5に上昇するが、依然として4割を下回っている。結局、質に関係なく、生産性が低い実態があり、これをどう上げていくのかがポイントになる。

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●「質」を生かした生産性向上のカギの一つが「外国人」

では、生産性を上げるためにはどうすればいいのか。様々な方策が考えられるが、「質」の観点で考えられるのが、今の「質」を当然としている日本人ではなく、より高いお金を払う可能性がある外国人を相手にするということだ。特にコロナ禍を経たインバウンドの急回復で、その重要性が高まっている。

「日本のサービスの『質』に対して、海外の方の満足度は高いので、今よりも高い値段を設定することも可能でしょう。例えば、ホテルなどでは、外国人をターゲットにして、値段を5倍にしても利用してもらえるかもしれませんし、日本の伝統芸能の座席の販売などでも、最前列を外国人向けに極端に高い価格にするといったことも可能だと思います。

海外の方がもっと来日して、サービスを利用しやすい環境を整えることで、宿泊業や小売業などの生産性はもっと高まっていく可能性があります」(滝澤氏)

●サービス業を支える非正規雇用への教育訓練の投資が必要

ただ、日本のサービス業が足元で直面している課題は人手不足だ。編集部で宿泊業の取材をしていると、人手不足を理由に、受け入れ数を増やせないという話をよく聞く。「質」を生かした生産性向上をしようにも、担い手が足りない。そして、その多くが、賃金が相対的に低い非正規雇用だ。

「正社員と同じような仕事をして、高いパフォーマンスを上げている非正規の方々はたくさんいますので、同一労働同一賃金の考え方でもっと所得を増やすことが必要だと思っています。

また、長期雇用ではないということで、非正規の方々には教育訓練の投資が乏しいことも課題です。生産性の観点からは、定型的な業務を上手にこなすということで、生産性の分母である労働投入量を減らすことはできるのでしょうが、新しい売り方を考えるなどのアイデアで分子の付加価値を飛躍的に増やすようなトレーニングが重要なのです」(滝澤氏)

●「質」にこだわる国民性自体が変化していく可能性も

人手不足による省人化へのニーズなども踏まえ、生産性向上のためには、ICT化のための投資を進めることも非常に重要になってくる。たとえば、小売業で典型的なものとして、セルフレジを想像するとわかりやすい。

「アメリカなどではセルフレジが普及して、無人販売の店舗もありますが、日本ではセルフレジでもトラブルがあればすぐにスタッフが対応してくれるなど、『質』の高さによる違いがあります。

それでも、ICT化を大きく進めることで、『丁寧すぎるサービスはもう必要がない』と日本人の『質』をめぐる国民性自体を変える大きなきっかけになるかもしれません」(滝澤氏)

●生産性の向上「この10年が頑張りどきではないか」

また、編集部で取材を継続しているサービス業の悪質クレーマー対策についても尋ねてみた。滝澤氏は、人手不足を踏まえ、「従業員の権利を最低限守っていかないと、他の企業に流れてしまうため、結局は生産性を高めることができない」という。

その際、1社だけで「お客様は神様」的な対応をやめて、「質」の多少の低下をもたらしたならば、客は他社のサービスへと離れていくことになりかねない。そうすると、対策ガイドラインの作成など、業界単位でやらないと難しいのではないか。滝澤氏も「サービスに制限をかけるならば、一斉にやることが生産性向上には効果的でしょう」と語る。

「質」が高いのに生産性が低く、賃金上昇にもつながりにくいのであれば、インバウンドのように「質」を生かした生産性向上を進めるか、「質」が多少低下してでも生産性向上につながる手を打つか。滝澤氏は人手不足やICT化のさらなる浸透、国民の意識の変化などを踏まえ、「この10年が頑張りどきなのではないか」とみている。

「人手不足だからこそ、従業員を大切にしている企業がちゃんと賃金を上げて、サービスの価格を競争の中でさらに上げられるという流れができるといいですね」(滝澤氏)

【参考資料】 質を調整した日米サービス産業の労働生産性水準比較(日本生産性本部、2018年1月)

【取材協力】 滝澤美帆(たきざわ・みほ) 学習院大学経済学部教授

2008年一橋大学博士(経済学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、東洋大学、ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員などを経て、2019年より学習院大学准教授。2020年より現職。研究分野は、マクロ経済学に関する実証分析、企業行動の実証分析、生産性分析。

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