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「日本版DBS」法案、労働者排除に悪用のおそれ…労働弁護士が感じた懸念と国会審議に望むこと
国会議事堂(リュウタ / PIXTA)

「日本版DBS」法案、労働者排除に悪用のおそれ…労働弁護士が感じた懸念と国会審議に望むこと

仕事で子どもに接する労働者に性犯罪歴がないかを確認する制度「日本版DBS」を導入するための法案が今国会で議論される。

子ども家庭庁が公表している法案によると、学校や児童福祉施設などを設置する「学校設置者等」(2条3項)には、教員等に性犯罪歴がないかの確認が義務づけられる(4条)。

学習塾などの「民間教育保育等事業者」(2条5項)には義務はない。ただし、性犯罪歴確認などをすることで、学校などと同等の被害防止措置があるとして、国から認定・公表される仕組みだ(19条など)。

いずれも新たな就労希望者だけでなく、すでにこれらの職場で働く労働者も性犯罪歴確認の対象となる(4条3項、26条3項)。

この性犯罪歴の確認結果「など」をふまえ、児童らに性暴力をおこなう「おそれ」があると認めるときは、教員等として本来の業務に従事させないことその他児童対象性暴力等を防止するために必要な措置を講じねばならないとする(6条、20条)。

要するに、性犯罪歴がなくても「おそれ」があれば「措置」の対象になりうるということだ。「再犯」だけでなく、「初犯」も防ぐことが目的とされるが、恣意的な運用を懸念する声も根強い。

法案について、労働者側の弁護のプロはどう感じたのか。教員の働き方にもくわしい嶋﨑量弁護士の寄稿をお届けする。

●「おそれ」の認定基準が不明確

この法案は、どのような場合に「おそれ」ありとして、労働者が業務を外れる等の対象とされるのか、基礎となる情報の範囲も判断基準も「法律に」示されず不明確です。

法案は、国を通じて行う性犯罪歴の確認(4条1項、26条1項)(=一般に「日本版DBS」と理解されている部分)だけでなく、以下の2つの措置を求めています。

(1)内閣府令で定める児童等との面談その他の教員等による児童対象性暴力等が行われるおそれがないかどうかを早期に把握するための措置(5条1項、20条1項2号)
(2)内閣府令で定める教員等による児童対象性暴力等に関して児童等が容易に相談を行うことができるようにするための必要な措置(5条2項、20条1項3号)

重要なのは、犯罪歴のみならず、(1)の措置で把握した状況、(2)の実情を「踏まえ」て性犯罪などが行われる「おそれ」が認められる場合、教員など本来の業務に従事させないこと等の措置をとらなければならないとしている点です(6条、20条1項4号イ)。

大きく報じられる「日本版DBS」(性犯罪歴確認の部分)が印象的で、犯罪歴という客観的基準があるような印象があるかもしれません。

しかし、性犯罪歴がなくても、上記(1)(2)の「措置」によって把握された情報だけで、労働者が職場から排除され得るのです。

だからこそ、その(1)(2)とは何か、どのような場合にこの「おそれ」があると認定されるのか、客観的な基準が法律に示されねばなりません。

●法律上の限定がない

ですが、たとえば(1)について、法文は、「児童等との面談その他の教員等による児童対象性暴力等が行われるおそれがないかどうかを早期に把握するための措置」を内閣府令で定めるとしているだけです。

本来、この「面談等」の内容について、法律上の限定が必要です。

たとえば、「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律(教育職員性暴力等防止法)」の19条では、専門家の協力を得て行う調査として、法律上、「医療、心理、福祉及び法律に関する専門的な知識を有する者の協力を得つつ、当該報告に係る事案について自ら必要な調査を行う」ことを求めています(1項)。

そのうえで都道府県は、上記調査が適切に行われるよう「学校の設置者に対し、同項の専門的な知識を有する者に関する情報の提供その他の必要な助言をすることができる」と定めています。

このような法の限定があるからこそ、「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する基本的な指針」でも、次の2点などが求められています。

「事案の関係者と直接の人間関係や特別の利害関係のない専門家の協力を得て、公正性・中立性が確保されるよう事実確認の調査」
「医師、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、弁護士、警察官経験者、学識経験者等が考えられ、事案に応じた適切な専門家の協力」

児童等が聴取対象となる場合、児童生徒は、聴取者との関係性(教師などの聴取)により誘導・暗示をうけて行われやすいものです。

そのため、上記指針でも、次のように指摘されています。

「誘導や暗示の影響を受けやすく・・・児童生徒等から事情聴取を行うに当たっては、代表者聴取の取組を行っているところであるので、調査を行う学校の設置者においては、被害児童生徒等から聴き取りを行うに当たって、こうした取組に留意が必要」

翻って今回の法案をみると、本来あるべき基礎となる情報の範囲も、情報を取得する際の判断基準なども、何ら「法律に」示されておらず不明確で問題です。  

●内閣府令に白紙委任「国会のコントロールがきかない」

必要な措置について、法案は「内閣府令」で定めるとするだけです。その「内閣府令」の具体的な内容・方向性は、政府に白紙委任するに等しいという点も問題です。

たしかに、この「おそれ」を判断するための(1)(2)の「措置」の具体的な内容が、内閣府令で定められるのかもしれません。

ですが、法律自体に明示されねば、国会審議を通じてのコントロールが果たせません。

せめて、内閣府令の「方向性」くらいは法文自体に書き込まねば、仮に一度は適切な内閣府令が定められても、国会の関与なく事後的に大きく方向性まで改定することも可能となります。

また、制度の骨格部分は、法律に具体的に明示せねば、法律が国会審議で制定される意味も失われてしまいます。

●使用者による「濫用」のリスク

この制度は、使用者が気に食わない労働者を排除するために悪用されるのではという懸念もあります。

「おそれ」が認められた場合、労働者はその職場から排除される可能性が高く、労働者への影響は絶大です。

ですから、濫用されない客観的な判断基準が「法律」に明示され、職場で使用者に濫用されないような歯止めも必要となります。

しかし、客観的な基準、恣意的な濫用を防ぐ歯止めも定められていないので、「おそれ」が恣意的に認定されてしまい濫用される可能性を指摘せざるを得ません。

「日本版DBS」で確認される「性犯罪歴」は客観的で明確な基準と言えるでしょう。しかし、この法案では、基準も示されぬ(1)(2)の措置によって把握した状況・事情を「踏まえ」、性犯罪歴がなくても(1)(2)だけで「おそれ」が判定されるのです(6条1項)。

これでは、労使紛争で使用者がこの制度を悪用する危険が払拭できません。

●行き過ぎた「措置」が行われる危険

「おそれ」がある場合とされた場合でも、それに対する人事上の「措置」が過重なものであってはなりません。

たとえば、解雇には、労働契約法により、「客観的合理的理由及び社会的相当性」が必要とされます(労契法16条:解雇権濫用法理)。「日本版DBS」の法制定がされたからといって、この解雇権濫用法理にはなんら変化はありません。解雇はあくまで最終手段であり、「おそれ」を理由に安易な解雇が乱発されることも許されません。

この点は、「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」の報告書でも、次のように指摘されているところです。

「性犯罪歴があるという一事をもって配置転換等を考慮することなく直ちに解雇することについて、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が認められるとは考えにくく、他の事情をも考慮して、解雇の有効性が判断されることとなる」(15頁)

解雇せずとも、児童などと接点のない職場に配置転換などで雇用を維持することが可能なら、そのような解雇回避の措置が「社会的相当性」として使用者に求められるといえます。

ですが、こういった指摘はこの法案には反映されていないのです。

仮に解雇されずとも、強引な退職強要により、職場に居場所を無くして事実上退職を強いられる労働者がでないようにするとか、配置転換などの実施過程で労働者の犯罪歴など個人情報が職場内で事実上明かされるような事態を避けるように配慮することなど、検討されるべき課題も多いです。  

●子どもを被害者とする犯罪を防ぐため

そもそも、この法律が児童等への性犯罪をどこまで減らす効果があるのか、射程の検証が必要でしょう。

この法律で予防できるのは学校など「職場内」での犯罪防止であり、職場外での犯罪抑止効果は不明です。しかし、教員の性犯罪を処分理由とする事案でも、職場外で教え子以外の子どもを被害者とする加害などは少なくありません。

この法律は、教員等を職場から排除することは可能でも、社会から排除することはできませんので、子どもを被害者とする犯罪自体を減らす効果がどれだけ導けるのか、慎重な議論が必要に思います。

国会審議では、子どもを被害者とする性犯罪のうち、職場で行われている事案の割合を検証するなどして、この法案で防ぎうる犯罪行為等の射程を明確にすべきでしょう。

そのうえで、職場内外問わず、性犯罪の防止に資する研修、性犯罪者の再犯防止に役立つ更生プログラムの充実など、広く子どもを被害者とすることがないような施策の充実も、同時に求められると思います。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

プロフィール

嶋崎 量
嶋崎 量(しまさき ちから)弁護士 神奈川総合法律事務所
日本労働弁護団常任幹事、ブラック企業対策プロジェクト事務局長。共著に「裁量労働はなぜ危険かー『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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