セブンイレブン東大阪南上小阪店のオーナー、松本実敏さん(58)。2019年、様々な騒動が起きたコンビニ問題の「顔」となった人物だと言えるだろう。
松本さんの「時短強行」をきっかけに、大手チェーンで時短容認が進んだ。経産省の有識者検討会も12月23日、24時間営業について「一律に決めず、地域の需要の変化を踏まえて検討すべき」とする提言の骨子をまとめている。
一方で、セブン本部は2019年いっぱいで松本さんの契約を解除。オンライン化されているストアのレジはすでに止まっている。本人は1月2日から独自に営業するが、苦戦は免れないだろう。
店の営業をめぐっては今後、両者による法廷闘争に突入する見込みだ。
夜間閉店中のセブン-イレブン東大阪南上小阪店
松本さんは「物言うオーナー」だけにセブン本部だけでなく、客などとのトラブルも絶えなかった。
相手側の言い分のみしか記されていないことへの注意は必要だが、セブンからの通知書に記載された客からのクレームには、松本さんが客を注意するときの過激な言動が複数報告されている。
11月に東大阪の店舗を訪れるなど、松本さんへの取材を重ねてきたライター桜井杏里さんに、クレーム問題と現在の心境について聞いてもらった。
●年間のクレーム約80件、一方加盟店の9割は10件未満
12月20日、松本オーナーのもとに届いたセブン本部による「催告権通知書」によれば、契約解除の理由は「クレームの多さ」が主因だという。
2019年は10月まででも78件のクレームが、セブンのお客様相談室に寄せられたという。通知書には、9割の店舗が年間10件未満の苦情で済んでいると記されているから、確かに苦情が相当多いといえる。
ただし、文書の末には「所要の措置を取ることを催告します」とあり、「十分な措置を取らなかった場合には」「加盟店契約が解除となる」とあった。
松本オーナーは店舗の継続を希望し、具体的にどのようなクレームが来ていて、どのような対処を取ればいいかについて、12月29日にセブン本部との話し合いを持った。
しかし、結局明かされたクレームの内容はごく一部だった。さらに「対応をしてもしなくても、既に契約解除は決定している」と告げられたとのことだ。
コンビニの問題にくわしい紀藤正樹弁護士は「オーナー側が改善の意思と対応をしたのに解除を実行するのは強引で、今後法廷での主たる争点になるだろう」と話す。
公正取引委員会によるコンビニ問題の調査にあたりヒアリングに参加する松本オーナー(2019年11月撮影)
●通知書に記された「衝撃的」なクレーム内容
さて、オーナーは開店にあたり投資もしており、店舗スタッフ8人も年の瀬に解雇が必要になった。果たしてどんなクレームがあったのか。
通知書には一部のクレーム内容が記述されている。主に店舗の駐車場の利用についてと、近隣の私立中高大の父兄とのトラブルが目に付く。
内容は衝撃的で、たとえば駐車した車に「鎖がかけられていた」「外して欲しいと頼むと1万円を払わないと外さないと脅され」たなどとある。これは穏やかではない。
セブン本部も12月20日、報道陣に向けて「解除通告文について、オーナー様から全文の開示を受けられ、内容をご確認の上、報道されることをお願い申し上げます」とのコメントを発表している。
セブンが発表した文書より
●オーナーを悩ませた駐車場でのマナー違反
開示されているクレームについて、松本オーナーに事情説明を求めた。
駐車していた鎖を車にかけ、1万円を請求したことについて松本オーナーはあっさり認めた。だが、経緯や背景を聞くと印象が少々変わってくる。
そもそも、近隣の私立学校との駐車問題は、他のコンビニやファーストフード店など、駐車場のある店舗で頻繁に発生しており、他店舗などでは駐車場の有料化で素早く対応していたという。
松本オーナーの店も、この学校のイベントなどの際には、駐車場が一日中ふさがり、一般利用客からも不便であるとの苦情を受けていたという。
営業に影響が出るため、松本オーナーはセブン本部の担当社員にも、他チェーン同様の対応を提案した。本部からの対応の一つが、長時間駐車した車の利用者から1万円を取るという看板の設置だった。
しかし、問題は簡単には解決されなかった。警察にも何回も届出たが、私有地のため警察は直接対応ができなかった。そして「他店では車にロックをかけることで対応されているところがありますよ」と、やんわり対処法を教えられたそうだ。
有料化駐車場の案内。変わりつつあるコンビニの姿のひとつでもある
これらを受けて、松本オーナーは長時間駐車の車のタイヤホイールに自転車に使うチェーンをつけたことがあるという。
走行自体には問題がないため、チェーンをつけたまま出庫する車もあったようだが、一方で繰り返し長時間駐車し、チェーンを度々付けられ店に鍵を外すよう求めてきた客もいた。
その際に客からすごまれた時には悪質と判断し、セブン本部が用意した看板の内容通りの1万円を請求したこともあったという。それが本部のお客様相談室にクレームとして入ったと、直後にセブン本部社員から告げられたと主張している。
●取材中、客が駐車場に灰皿の吸い殻を捨てた・・・
長時間駐車については、他店でも頭を悩ませているケースが多い。松本オーナーは近隣学校に注意を求める話し合いを持ったり、セブン本部社員にも他コンビニチェーン同様の有料化の措置を求めた。
しばらくこうした状況が続いて、ようやく2018年5月にセブン本部が駐車場有料化に踏み切り、施設を設置した。
これにより問題は軽減されたものの、コインパーキングのようなロック板やゲートなどがないため、未だ長時間駐車の車はあるという。父兄が多く集まるイベントの時などは、学校側が駐車場のある近隣の店舗に警備員を立てて対応している。
有料化対応の駐車場案内板。セブンイレブン本部が設置した
11月、取材で現地を訪れたが、下町の住宅街の中の狭いエリアに中高大一貫の私大ビルがあり、大勢の学生で溢れている。敷地内に立体駐車場があるが、関係者専用で常に利用できる状況ではないようだ。松本オーナーはこの駐車場を父兄に開放するよう提案したそうだが、学校に断られたという。
セブン本部が実際に駐車場の有料化設備を設置したことからみても、事態は本部も理解していることだろう。
●行き過ぎた注意がクレームを増やした
開示されたクレームは類似した駐車場関連のものが多く、他にはゴミの持ち込み廃棄をした人物に注意したものなどがあった。ゴミの持ち込みは、高速道路のサービスエリアや公園などでも大きな問題になっている。ちなみにゴミの廃棄や清掃のコストは店舗負担だ。
通知書記載のクレーム内容からすると、松本さんの注意の仕方は過激で、暴言を投げかけていることもある。また、客の言い分が事実なら相手は誤解で注意してしまっている可能性もありそうだ。
一方で、松本さんの言い分からすると、注意の背景には客のマナー違反がある。客の問題行為が重なった結果、客を疑いの目で見ることが癖になってしまったのかもしれない。
また、ものによっては、「何をしても怒られないはず」のコンビニで怒られたことに対するカスタマーハラスメント(カスハラ)の一面もあるのではないだろうか。
11月に取材したときには、家庭ゴミを店先に捨てようとした人や、駐車中の車の灰皿から大量の吸い殻を捨てる人物にも出くわした。松本オーナーが「そこに捨てたらあかんでえ」と声をかけていた。これでクレームを本部に伝える人もいるかもしれないが、むしろ、「大阪のいいオッチャン」のようにも見えた。
店の敷地に捨てられたタバコの吸い殻などのゴミを掃除する松本オーナー。日中は1時間おきくらいに見回る必要があるという(2019年11月撮影)
●2018年に亡くなった妻への思い
松本オーナーは、ともに店で働いていた妻を、2018年すい臓がん亡くしている。
「多忙すぎて治療が遅れた上に、抗がん剤治療中にも店に入ってサポートしてもらっていました。『東京の大学に通う息子の様子を見たい』と妻は言っていましたが、店を空けることはなかなか出来なくてね。
ようやく東京に旅をし、その先で妻は救急車で運ばれました。随分と可哀想なことをしてしまいましたね」
そう言って、目に涙を浮かべた。
2019年、コンビニは夜間休業や、正月休業などへの動きが一気に進んだ。「もっと早くこうした動きがあれば、妻はまだ亡くなっていなかったかもしれませんよね」とつぶやく。
●「無農薬の農業やりたいですねえ」
店舗へのクレームを主因として、今度こそ松本オーナーの店は契約解除、閉店になるようだ。
「妻を亡くしたあと店を手伝ってくれていた息子がね、2019年の夏に店を辞めて旅に出ていて。しばらくヒッチハイクで日本中を回っていたんですよ。
それがセブン本部から12月20日に通告書が出たっていうニュースを見て、『店を継ぎたい、一緒に働きたい』と。『旅先でいろんな人と出会って考えが変わって、お父さんをやはり支えていきたい』って言ってくれて、旅先から帰っ来てくれたんですよ。嬉しかったですねえ。
その為には、当然店の営業が継続できないといけないのですが、息子が仕事しやすい、無理して命を縮めるようなことのないシステムであって欲しいんですよ。これは息子だけのことじゃありません。全てのコンビニのオーナーや、いろんな職業の人にとっても大切なことだと思っているんです」
もし閉店になったとしたらの質問には、次のように答えた。
「無農薬の農業やりたいですねえ。私は若い頃アメリカで暮らしていたんですよ。仕事をしながらボランティアに精を出していましたね。
貧困な人に食事を出す。でもこれだけでは食べ物がなくなれば終わりですから、解決にはならないんです。それでね、一緒に食べ物を作ろうと。農場で貧しい人と働くってことをしてましてねえ。それも身体に良い、無農薬栽培ですよ。
そうそう、日本でセブンオーナーになろうとしたきっかけを思い出しました。『食べ物に一切添加物を入れない』って発表したでしょ。あれを聞いて素晴らしいなと感銘して。妻と一緒にセブンイレブンの店を出そうよって話したんです」
店の近くには、司馬遼太郎の住んだ家が記念館になっている。そこを夫婦で度々訪れていたと思い出を語る。
「坂本龍馬みたいにね、新しい価値を発見したいなあ、届けたいなあ、って妻によく言ってたんですよ。自分のためだけじゃなくてね、世の中を良い方に変える事を何かしたいって。妻は今の自分を見てどう思ってるでしょうね。聞いてみたいなあ」
2020年、松本オーナーの店はどうなるのか。日本のコンビニは、どういう姿になるだろう。海外展開も盛んな日本のコンビニの「坂の上の雲」は、果たしてどんなドラマになるのだろうか。(ライター桜井杏里)