2019年3月、新聞業界にちょっとした衝撃が走った。産経新聞と大阪府内の2つの系列販売店に、読者に対する「違法勧誘」があったとして、大阪府から再発防止を求める措置命令が出されたのだ。2月には産経大阪本社に立ち入り検査が入っていた。
新聞は読者を勧誘するとき、洗剤やビール券などを提供することがある。ただし、景品の金額には上限がある。おおざっぱにいうと、6カ月分の購読料の8%まで(通称「6・8ルール」)、産経大阪版だと1900円ほどだ。
「景品表示法」の規定を受けた「告示制限(新聞業における景品類の提供に関する事項の制限」より(https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/public_notice/pdf/100121premiums_9.pdf)
ところが、産経では数年単位の長期契約に対し、近畿圏内で過去10年間に最大8万1000円相当の景品を出していた。
しかも、大阪本社が代金を業者に立て替え払いした後、販売店に請求するなど、新聞社自体がこの不正に関与していた。
措置命令の内容より(http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/3497/00319568/sotimeirei.pdf)
●同じエリアで今度は「毎日販売店」が不正
話はこれで終わらない。2019年12月、大阪府内の毎日新聞販売店にも「6・8ルール」違反などがあったとして、措置命令が出された。3000円~1万円の商品券などを提供していたという。
なんと、この販売店は3月に措置命令が出た産経販売店と直線距離で2.7kmほどと近くにあった。大阪府消費生活センターによると、一部エリアが被っているという。
つまり、産経が措置命令により「適正な景品」を配るしかなくなったところに、毎日販売店がルール違反の「豪華景品」を持って営業していたという構図だ。
しかも、この毎日販売店では、読者によっては新聞そのものも値引きして販売していた。新聞の値引きは独占禁止法(新聞業特殊指定)に違反する恐れもある。
●なぜ大阪で不正が相次ぐのか?
背景の1つには、産経、毎日の2社にとって大阪が経営上、重要な位置にあることがあげられる。
産経新聞は、大阪本社の発行部数の方が東京本社よりも20万部ほど多い(2017年)。夕刊も大阪本社のみの発行だ。
一方、毎日新聞も都道府県別でみると、朝刊の販売部数1位は大阪府の45万部で東京都(19万6000部)の2倍以上になっている(2019年)。
2019年4月17日の産経(大阪)朝刊の社会面下には、今回の措置命令についての「お詫びとお知らせ」が掲載された。
新聞各社の部数減がなかなか止まらない中、経営上の要所として大阪では激しい読者獲得競争が繰り広げられていることがうかがえる。
新聞社の不正問題にくわしい江上武幸弁護士(福岡)は次のように語る。
「『押し紙』の問題と並んで新聞社のモラル崩壊のひどさには驚きを通り越してあきれ果てています。新聞社の経営陣や記者の人たちにも自浄作用を発揮するよう猛省を求めます」
●きっかけは問題になった販売店が起こした裁判だった
この江上弁護士こそが、3月に出された産経への措置命令のきっかけになった人物だ。問題となった販売店から訴えられた男性読者の代理人で、大阪府消費生活センターなどに調査嘱託の申し立てをしていた。
事案はこんな感じだ。男性はもともと大阪に住んでいて、問題となった販売店から「サンケイスポーツ」をとっていた。ところが、2016年5月に交通事故で脳挫傷などの重傷を負い、地元の福岡に帰ることになった。
販売店は新聞代を回収できなくなったため、男性の住民票を調べ、未払い分を求め、東大阪簡易裁判所に提訴した。
時系列
●「6・8ルール違反」で契約無効になるか?
裁判の争点になったのが、先ほどの「6・8ルール」だ。
男性は1回目(2008年1月~12年12月)の契約時に「自転車とビール」、2回目(2013年1月~17年12月)に「ビール5箱(約1万5000円)」を受け取っている。いずれも6・8ルール違反の高額景品だ。
そこで江上弁護士は、公序良俗に反しているため契約は無効という主張を展開した。
これに対し、2018年5月8日の判決では、「公序良俗に反して無効であるというほどの強度の違法性を認めることは出来ない」と判示。販売店が配達した分の新聞代の支払いを認めた。
江上弁護士はすかさず控訴。控訴審では、「大阪府消費者保護条例」の「不当な長期契約」に当たることなども指摘し、主張を補強するとともに、各所に調査を求めた。
こうした経緯で出されたのが2019年3月の措置命令だ。
一方、産経側は旗色が悪いとみるや、請求権を放棄してしまった。男性側は代金を払わずに済んだが、判決までには至らなかった。
仮に裁判所が、6・8ルール違反を理由として「公序良俗に反して契約無効」とする判決を出していたとしたら、産経新聞に限らず、新聞業界全体に大きなインパクトがあったと考えられる。
●高額景品が「解約時のトラブル」を引き起こす
「解約しようとしたとき、景品の返還や解約料を求められるというのが(新聞訪問販売の)苦情の大半。景品を前提とした契約をするから、解約時に『契約期間が残っている』とか解約料の請求が起こるわけです」
こう話すのは大阪府消費生活センターの担当者。近年、減少傾向にはあるが、全国の消費生活センターには、新聞の訪問販売に関する相談が年間1万件近く届く。
全国の消費生活センターに寄せられた新聞関連の相談件数の推移(2019年7月31日現在)
「日本新聞協会」と「新聞公正取引協議会」が2013年11月に発表した「新聞購読契約に関するガイドライン」では、途中解約について正当な理由があれば解約できる旨を記したうえで、景品の返還請求をNGとしている。
この中では、「6・8ルール」に違反するような景品類の提供があった場合には、読者の解約申し出に直ちに応じなければならず、景品類の返還を請求してはならないと規定されている。
ところが、実際には安定した購読者がほしい新聞販売店が、ルールを破った高額景品を使って不当に長期にわたる契約を結ばせ、解約に対してもプレッシャーをかけている。
大阪府消費生活センターも、新聞社側に度重なる指導や要請をしていたが、その甲斐なく発生したのが、今回の産経と毎日の問題だったというわけだ。