政府は3月28日、繁忙月に例外として認める残業の上限を「100時間未満」とすることなどを盛り込んだ働き方改革の実行計画をまとめた。
残業について、原則「月45時間、年360時間」を上限に設定し、労使協定を結べば、業務の繁忙などを理由に上限が「年720時間(月平均60時間)」となる。さらに、年720時間の枠内で、2カ月から6カ月の平均80時間を上限とした。月45時間を超える残業は最大で年6カ月までしかできない。そのうえで、繁忙月の上限を100時間未満としている。
過労死遺族などからは、残業規制について「もっと短くして」「規制が甘い」など反発の声も上がっている。残業時間の上限を月100時間未満とする規制は妥当なのか。弁護士ドットコムに登録する弁護士たちに意見を聞いた。
●「こんな上限を容認したら、決して過労死・過労自殺はなくならない」
以下の3つの選択肢から回答を求めたところ、14人の弁護士から回答が寄せられた。
(1)妥当だ→2票
(2)妥当ではない→10票
(3)どちらでもない→2票
回答は、<妥当ではない>が10票で最も多く、<妥当だ>と<どちらでもない>はともに2票だった。
<妥当だ>と答えた弁護士からは、規制を設けたことには一定の評価ができるとして、「(上限100時間未満からスタートして)将来はもっと厳格な規制に進めばよい」といった意見があがった。
<妥当ではない>と答えた弁護士からは、上限100時間未満では長すぎるとして、「こんな上限を容認したら、決して過労死・過労自殺はなくならない」「より思い切った規制をして社会に変革を促した方が良い」などの意見があがった。
<どちらでもない>と答えた弁護士からは、「残業時間の規制をしたとしても守られない可能性が高い」として、法規制よりも企業のモラルや労働者の自覚が重要だとする意見などがあがった。
回答の自由記述欄で意見を表明した弁護士10人のコメント(全文)を以下に紹介する。(掲載順は、<残業月100時間未満の上限規制は妥当だ>→<妥当ではない>→<どちらでもない>の順)
●妥当だ
【居林 次雄弁護士】
豊かな人生を送るためには、適度の労働で納めて、有害となるような長時間労働は禁止すべきであると考える。それでは何時間が妥当かという問題は、考えようによると思われるが、手始めに100時間という労使双方の歩み寄りがあるようであるから、そこからスタートして、将来はもっと厳格な規制に進めばよいと考える。理想論としては、1日8時間で、月の超過勤務は0とするようにすべきであるが、緊急やむを得ない時とか、労働時間に左右されない高度の仕事についてのみ例外を設ける、とかの方法も考慮すべきであろう。
【大和 幸四郎弁護士】
賛否いろいろな意見がありますが、私は賛成です。いままでは規制がなかったのにとりあえず、規制が設けられたのですから。これを足掛かりに、さらなる残業時間の短縮を目指していけばよいのではないでしょうか。今回の規制はこの点は有意義と考えております。ちなみに、私の「残業時間」は優に100時間を超えております。
●妥当ではない
【濵門 俊也弁護士】
労使が喧々諤々の議論を尽くし、一定の成果が得られた点は「妥当だ」といえなくはないですが、最終段階において、100時間「未満」か「以下」が主たる争点となってしまった点は残念でした。やはり繁忙期に限るとはいえ、「100時間」はいただけないと思います。今回の議論は「はじめの一歩」にすぎません。過労死という不幸を根絶すべく不断の議論を尽くしていただきたいと思います。
【林 朋寛弁護士】
法律レベルでの規制になるとはいえ、実質的には現行の基準よりも長時間の残業が許される方向になるように思います。労働時間の長期化は、結果的に時間あたりの生産性の低下を招きかねませんし、割増し賃金の増加や労働者の士気の低下など、企業にとっても長い目で見て都合の良いものではないでしょう。残業規制をするのであれば、より思い切った規制をして社会に変革を促した方が良いと思います。規制の内容とその規制を守らせることとは別の話ですから、企業・労働者の意識任せにせずにその点の改革も必要でしょう。
【八木 大和弁護士】
もちろん妥当ではありません。私は過労死の問題、事件を取り扱わせていただいていますが、まず厚生労働省が過労死が発生するとしている100時間の基準まで残業可能とすることは過労死を容認していると言っているにほかなりません。仮に2~6か月間の平均残業時間の規定を設けたとしても、過酷な労働実態が変わるものではありません。よりドラスティックな改正でなければ、この問題は解消しません。
【大賀 浩一弁護士】
こんな上限を容認したら、決して過労死・過労自殺はなくならないでしょうし、たとえ労災認定されても、加害企業は労働基準法の定めに従っただけと弁明して法的責任を逃れようとするでしょう。そもそも国は、遅まきながら過労死防止対策推進法を制定し、各地で啓発運動を展開している一方で、こんな上限を設けたり、「残業代ゼロ」法案の再提出を企てるとは言語道断です。労働者個々人の自覚や家族の気配りだけでは過労死は防ぐことはできないし、労働者を守る防波堤(強行法規)として労働基準法があることを忘れてはいけないと思います。
【岡田 晃朝弁護士】
そもそも大原則として、残業自体はいつでも自由に拒否できるものです。この原則が真に守られれば、最大時間が何時間でもよいでしょう。むしろ、問題は本来は、自由意思で行うべき残業が実質拒否できなくなっている点でしょう。この根本の問題点の改善が望まれます。なお最大100時間は、長いと思います。労働者の健康を守るためにはより短い時間にすべきでしょう。
【荒川 和美弁護士】
長時間労働が健康を損なう危険性、人間らしい生活ができなくなる可能性が高いことは、世界的常識であり、過労死などの裁判でも明らかになっている。一日当たり300分以上は、リスクが高いといわれる。日本の男性の休日も含む1日当たりの平均労働時間は375分、OECD中で最長。仏の173分の2倍以上。残業は、人件費を抑制でき、企業の利益が高くなる。100時間は、ディセントワークを否定して、労働者の犠牲と不幸により、企業が儲けるシステムを容認するものである。日本は、幸福度世界最下位レベルの原因でもある。
●どちらでもない
【西口 竜司弁護士】
残業時間の規制をしたとしても守られない可能性が高い。短時間に設定しようが,設定しまいがあまり関係ないような気がします。それよりは労働者1人1人が時間内に仕事を終わらせる工夫をする。そして,会社がそのような状況になるようサポートするというのが理想的だと思います。要は法的規制よりも企業モラル,そして労働者の自覚だと思います。
【川面 武弁護士】
製造業をはじめとする第二次産業や運輸業などではこの規制は妥当でなく,もっと大幅に上限を下げるべきでしょう。一方,ホワイトカラー的労働者などについては,現在企業も一般的にはむやみに労働者が長時間労働をすることは望まないし,また厳格すぎる規制を定めてもサービス残業や持ち帰り残業のような違法労働を強要されるおそれがあります。当面設けられる規制としては相当と思われ,これを前提に労働関係諸法令の厳守を第一に考えるべきです。