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離婚から15年、子育てを終えて「旧姓を名乗りたい」と決意した女性【判例を読む】
東京高等裁判所(northsan / PIXTA)

離婚から15年、子育てを終えて「旧姓を名乗りたい」と決意した女性【判例を読む】

結婚してパートナーと同じ苗字に改姓していた場合、離婚後は結婚前の姓(旧姓)に戻るか結婚時に名乗っていた姓(元パートナーの姓)を継続するかを選ぶことになる。

中には、旧姓に戻りたいと思いつつも、「苗字を変えたくない」という子どもの意思を尊重して結婚時の姓をそのまま継続する(婚氏続称)という選択をする人たちもいる。

この選択(届出)は離婚の日から3カ月以内にしなければならない。

しかし中には、後になって旧姓を戻したいと考える人もいる。今回は子どもが成人した後、夫の姓を捨てることを決断した女性の裁判例を紹介したい。(監修・澤井康生弁護士)

●氏の変更には「やむを得ない事由」が必要

最近のケースとして離婚後15年以上婚氏(婚姻時の氏)を称してきた女性が婚姻前の氏に変更することの許可を求めたところ、原審で却下されたものの、抗告審でこれが認められた裁判例(平成26年10月2日東京高裁決定)がある。

写真はイメージです(foly / PIXTA) 写真はイメージです(foly / PIXTA)

女性は結婚し、夫の氏になったものの、その後夫と離婚した。そして、離婚の際に婚氏続称の届出をおこない、婚姻時の氏をそのまま15年称し続けた。

しかし、女性が婚姻前の氏に変更することの許可を求めたところ、「やむを得ない事由」があるとは認められないとして、家庭裁判所の審判で申し立てが却下された。そこで、女性は氏の変更の許可を求めて抗告した。

戸籍法107条1項は「やむを得ない事由」によって氏(姓)を変更しようとするときは、「家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない」と規定している。

氏は個人の識別手段であると考えられている。そのため、名の変更のように「正当な事由」がある場合(同法107条の2)ではなく、「やむを得ない事由」という厳しい要件が必要とされている。

ただし、離婚後、婚氏続称していた者が婚姻前の氏への変更を求める場合には、全然関係のない氏(たとえば、縁もゆかりもない氏など)への変更を求める場合ほど厳格に解する必要はないとした裁判例もある(大阪高裁平成3年9月4日判決)。

なぜ、女性のケースで高裁は「やむを得ない事由」があると判断したのだろうか。

●婚氏続称を必要とする事情がなくなった

裁判所は、女性が離婚後15年以上、婚姻中の氏を称してきたことから「その氏は社会的に定着しているものと認められる」とした。

このように、氏が社会的に定着したといえる場合は「やむを得ない事由」の判断が厳しくなることも考えられる。

しかし、裁判所は、次のような事情から「やむを得ない事由」があるものと認められるとした。

写真はイメージです(FirstBreak / PIXTA) 写真はイメージです(FirstBreak / PIXTA)

(1)女性が婚氏続称を選んだ理由は、長男(当時9歳)が学生だったためであるところ、長男は本決定の約2年半前に大学を卒業したこと

(2)女性は離婚後、女性の婚姻前の氏である両親と同居していたが、その後9年にわたり、両親とともに婚姻前の氏を用いた屋号で近所付き合いをしてきたこと

(3)女性には妹が2人いるが、いずれも結婚しており、両親と同居している女性が両親を継ぐものと認識されていること

(4)長男は女性が氏の変更許可を求めることについて同意していること

そして、原審判を取り消し、女性の氏を婚姻前の氏に変更することを許可する決定をした。本決定では、婚氏続称を必要とする事情が消滅したことなども考慮されているといえる。

●どちらかが氏を変えなければならない中で

親の離婚などで子どもの氏が変わることになった場合、親が子どものために氏を変えない方がよいと判断することもある。また、子ども自身が「苗字を変えたくない」などと自ら希望する場合もある。

写真はイメージです(Fast&Slow / PIXTA) 写真はイメージです(Fast&Slow / PIXTA)

その場合、結婚の際に氏を変更した側は、たとえ元の氏に戻りたいと願っても、子どもの意思を尊重することが少なくない。離婚時の子どもの年齢によっては、子どもが巣立った後に結婚前の元の氏に戻そうと思ったとしても、本決定のように婚氏を称する期間が長期間に及び、氏が社会的に定着したとみられてしまう可能性はある。

近年、結婚する際にどちらかの氏を選ばなくてはならないことを疑問視する声もあり、選択的夫婦別姓制度が関心を集めている。制度の実現に向けて、さまざまな動きもみられるが、現状では結婚して夫婦になった場合はどちらかの氏を称することになる。

そのような中で「やむを得ない事由」をどのように判断していくのか。本決定は参考になるといえるのではないだろうか。

プロフィール

澤井 康生
澤井 康生(さわい やすお)弁護士 秋法律事務所
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(3等陸佐、少佐相当官)の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。

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