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NHKは「視聴者目線がないまま肥大化」、砂川浩慶教授が懸念する同時配信の影響
立教大学の砂川浩慶教授

NHKは「視聴者目線がないまま肥大化」、砂川浩慶教授が懸念する同時配信の影響

改正放送法が今年5月に成立したことで、NHKの放送番組をインターネットで常時同時配信することができるようになった。

弁護士ドットコムニュース編集部では、放送法改正案の国会審議で参考人として意見を述べた、宍戸常寿・東京大学教授(憲法・メディア法)、中村伊知哉・慶應義塾大学教授(メディア政策)、砂川浩慶・立教大学教授(メディア論・放送制度論)の3人に意見を聞いた。

この記事では、砂川浩慶教授へのインタビューを紹介したい。

●やがて民放の負担につながる

――NHKから国民を守る党(N国)が、今夏の参院選で議席を獲得しました。今あらためて、「NHKのあり方」が問われているように思います。

N国が約100万票を獲得した背景には、この国全体の枠組みに対する不満があったと思います。

NHKという権力の象徴的なものを「ぶっ壊す!」というフレーズが支持された。そもそも、「ぶっ壊す!」の意味はよくわかりませんし、スクランブル放送の意味をどれだけの人がわかっていたのか、という問題もありますが、NHKの報道姿勢に対するアンチテーゼが一定数含まれていたと思います。

実際に、第2次安倍政権発足以降(2012年12月〜)は顕著に、NHKのストレートニュースが、政権にとって都合の悪いことを報じなくなりました。公共放送なので、政権にとって都合良い・悪いで判断するのではなく、国民に伝えるべきニュースは伝えるべきでしょう。

一方、受信料の徴収については、NHKからすれば、これ以上ない「ウハウハ状態」です。

NHKは2004年、不祥事があって、それまで右肩上がりだった受信料収入が下がりました。お灸をすえるという意味で、国民が受信料不払いという行動に出たのです。

ところが、それ以降、契約解除の手続きが複雑になり、現在では「NHKの放送内容に不満があるから受信料の支払いをやめる」などの手段がとりづらくなっています。

さらに、最高裁大法廷の合憲判決(2017年)が追い打ちをかけて、これまで受信契約に応じていなかった世帯の契約も増えています。

――そのような中で、常時同時配信がはじまります。

そもそも、常時同時配信のニーズは、ほとんどないと思います。たとえば、今の若者たちは、自分がみたいときに、みたいコンテンツをみます。ライフサイクルに合わせて組まれたテレビ編成は、ネット世代には受け入れられません。だから同時配信そのものは大きな影響を与えないと思います。

ただし、放送業界全体にはインパクトがあります。なぜ民放はやらないのか、という話につながるでしょう。とくに、民放のローカル局には、じわじわと影響を与えていきます。たとえば、エリアごとに常時同時配信することになった場合、サーバ費はどうなるのか、などの問題など、将来的にローカル局の負担が増えていくことが予想されます。

●「あくまではじまりにしかすぎない」

――NHKのネット展開は、他にどのような影響があると思いますか?

NHKは現在、番組アーカイブの整備と、メタデータの分析を内部で進めています。

すでに制作サイドは、過去の番組を出演者のシーンごとに検索ができる技術を内部で使っています。番組アーカイブの整備ですね。一般家庭にも導入されたら、視聴者としては非常に便利でしょう。しかし、そうすることは、NHKの本来の業務なのか、という問題が浮上します。メタデータの分析についても同様です。

NHKの経営計画では、重要な方針として、「公共放送」から「公共メディアへの進化」を謳っています。その意味は、インターネットも含めて、社会インフラとして、情報を提供していくのが、NHKの役目だということです。

常時同時放送が注目されていますが、NHKと民放との力の差が広がっていきます。こちらのほうが大きな問題でしょう。

――NHK一人勝ちという状態となるわけですか?

常時同時配信は、あくまで「はじまり」にしかすぎません。そこから先、すでに整備された大きな畑があるのです。それなのに、「公共放送として、どこまで何をするか」という、視聴者目線の議論をおこなう場がありません。最大の懸念は、このまま話が進んでいくことです。

−−NHKがネット配信する予算は、受信料財源の「2.5%」というルールがあります。この点についてはどうでしょうか?

「2.5%」は、まったく根拠のない数字です。そして、あまり肥大化の歯止めになっていません。地上波の制作費でカバーしている「隠れインターネット経費」で、カバーしている部分もたくさんありますよ。逆に言うと、その中身が見えない状態です。このまま、なし崩し的に広がっていく恐れがあります。

●「寝た子は起こさないだろう」

――スマホなどからの視聴でも、受信料(ネット受信料)を徴収していく可能性はありますか?

さすがに、すぐには難しいでしょう。

NHKは世帯契約なので、一世帯でテレビもカーナビもワンセグも持っていたとしても、一台分しか払う必要がないことになっています。機器ごとに課金するという考えは、今の受信料制度ではできません。それなのに、ネット受信料まで徴収するということになると、かなり反発を招くでしょう。

受信料は「日本放送協会を支える特殊な負担金」とされています。この特殊な負担金の一環として、インターネットを含める、という流れのほうが、おそらく抵抗は少ないでしょう。とはいえ、最高裁判決以降、ずっと受信料の徴収は順調ですから、寝た子を起こさないと思いますよ。

――諸外国のように、国が強制的に受信料を徴収する可能性は?

そうなっていかないと思います。戦前の反省があるので、放送法には、「NHKと契約しなければならない」としか定められていません。そして、規約の中に、支払い義務が書かれています。二重のクッションがあるのです。こうした仕組みを変えることは、日本的になじまないでしょう。

たとえば、イギリスでは、受信料を支払わない人は「禁固刑」もありましたが、日本で、放送法を変えて、支払い義務を課して、もし払わなかったら刑務所に入ることになったら、大変なことになりますよ。そんな法律を作るメリットもありません。なぜなら、NHKは、お金が余っているんだから。

――世帯ごと徴収することの意味はどうでしょうか?

この建前については、崩せないと思います。たとえば、地方の親がいて、子どもが都会で大学生の場合、割引をやっています。世帯徴収から個人徴収になると、受信料が増えるので、それも反発を招いてしまうでしょう。だから、世帯契約はたぶん維持されることになると思います。この点についても、寝た子は起こさないと思います。

●公共放送としてやるべき仕事

――それでは、番組内容はどうあるべきでしょうか?

公共放送である限りは、多種多様で、社会的弱者に根ざした番組をつくっていかなければなりません。

視聴者の声は、どうやって制作現場につなげるのか、ということが課題になるでしょう。今は、SNSで罵詈雑言が広がっていくような状況です。そうしたものが、ストレートに現場に伝わると、制作スタッフの心が病んでいきます。視聴者を装ったネット上のヘイトに近いものも出てきています。そうではなくて、「あの番組良かったね」という意見をどう吸い上げるか、ということです。

もちろん、多様性をどう担保するかということは課題です。とくに社会的弱者の立場からみた多種多様な番組です。それこそ、今回参院選で当選した「れいわ新選組」の2議員をNHKスペシャルで取り上げて、「重度障害者が国会議員になる意味」を考える番組をつくるべきです。そんな機動力が試されていると思います。それこそが、公共放送としてやるべき仕事だと思います。

・宍戸常寿・東京大学教授インタビュー https://www.bengo4.com/c_23/n_10085/

・中村伊知哉・慶應義塾大学教授インタビュー https://www.bengo4.com/c_23/n_10091/

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