神奈川県大井町の東名高速道路で2017年6月、「あおり運転」を受けた車の夫婦が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)などの罪に問われた石橋和歩被告に対し、横浜地裁は12月14日、懲役18年(求刑懲役23年)を言い渡した。「危険運転」が認定されるかが大きな争点として、注目された。
報道によると、石橋被告は2017年6月5日夜、東名下り線の中井パーキングエリア(事故現場の約1.4km手前)で、静岡市の男性に駐車方法を注意されたことに逆上。
時速約100キロで男性一家が乗った車を追い抜き、妨害行為を繰り返し、追い越し車線上に停車させて追突事故を誘発。男性と妻を死亡させ、娘2人にケガを負わせたとされる。
危険運転の認定を巡り注目されたのは、停車中の事故が法律に明記されていなかったため。自動車運転処罰法は、危険運転致死傷について「通行中の車に著しく接近し、かつ、重大な危険を生じさせる速度で運転する行為」を要件の一つと規定。被告側は「停車後の事故には適用できない」と無罪を主張していた。
今回の判決はどのような点で注目すべきものか、神尾尊礼弁護士に聞いた。
●罪刑法定主義でも、危険運転致死傷罪は成立する
ーー今回の事故は、自動車運転処罰法が想定していない停車時に人が亡くなっています。判決で「危険運転」が認定されたことは、どのように評価できますか
「判決文を確認できていないので、報道ベースという限定付きではありますが、分かる範囲でお答えします。
まず、危険運転致死傷罪が成立するとした点についてです。先に言っておかなければならないのは、日本はあくまで罪刑法定主義という、法律になければ罰することはできないという原則があることを忘れてはいけないという点です。
悪質な行為であったとしても、法律に規定がなければ、罰することは許されません。ただ、この点を踏まえた上でもなお、私は危険運転致死傷罪が成立するとしてよいと考えているので、説明していきます」
ーーどういうことでしょうか
「『危険運転』行為は、法律上6種類が規定されています。本件では、『人または車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人または車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為』に当たるかが問題になります(自動車運転死傷処罰法2条4号)。
被告人の行為のどこを『危険運転』行為とみるかは、判断が分かれるところだろうと思います。停車行為を『危険運転』行為とみるか、それともそれより前のあおり行為も含めた一連の行為を『危険運転』行為とみるかです。
このうち、停車行為を『運転』行為というのは、日本語的に難しいだろうと考えます。そこで、罪刑法定主義の見地から、停車行為のことを危険『運転』行為と呼ぶのは難しいと思われます」
ーーそれでは一連の行為とみたらどうでしょうか
「一連の行為とみれば、これは『危険運転』と呼ぶべきであろうと思います。確かに、当該条項は割込み運転でハンドル操作を誤らせたような場合を想定していると思います。
ただ、本件のようなあおりによって高速道路上で停車させたような行為は、全体としてみれば『通行妨害目的』で『直前に進入する』などし、『重大な交通の危険を生じさせる速度で』運転したということができますので、当該条項の適用範囲なのではないかと考えます」
●あおり運転を条文で明示するのが望ましい
ーー法律の文言から外れるという指摘についてはどう思いますか
「もちろん、立法趣旨からはズレることからすれば、あおり運転等を『7種類目』の危険運転行為として明示した方がより罪刑法定主義に合致するといえます。この点を立法によって明確にしておく必要もあろうかと思います」
ーー控訴審になった場合に認定が変わる可能性はありますか
「本件は控訴される可能性があると思いますが、まさに法解釈の問題ですので、適用条文が変更になる可能性もそれなりにあると思います。
裁判員裁判の結果は可能な限り尊重されるべきとされており、私もそう思いますが、尊重されるのは事実認定や量刑の点であり、条文の適用は今までもひっくり返ってきた類型の一つです。
法律的な議論がどの程度あったのかは報道ベースではほとんど分かりませんでしたが(公判ではなく公判前の段階で実質的に議論された可能性もあります)、高裁の判断には注目していきたいと思います」
ーー今回の判決で取り締まりは強化されていくでしょうか
「実務的には、飲酒運転が厳罰化していった流れに似たようなものを感じます。あおり運転に関して取り締まりが強化されていくでしょうし、求刑等も重めのものになっていくと思います。
個人的には、高速道路等でのあおりによって死亡事故が起こるおそれが極めて高いことを考えれば、『殺人』に近いような感覚で捉えています。厳罰化の方向には賛成ですし、疑義をなくすためにも立法による手だては重要かと思います」