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「これ送れば捕まらない」ネットのデマ信じて逮捕 弁護士が検証
写真はイメージです(編集部作成)

「これ送れば捕まらない」ネットのデマ信じて逮捕 弁護士が検証

「ネットで見つけた文書を警察に送れば捕まらないと思った」。インターネットで出回る「上申書」を県警に郵送して出頭を拒否した男性が、道路交通法違反(速度超過)容疑で逮捕された。

毎日新聞(8月21日)によると、男性は埼玉県内の県道で指定速度を38キロ超過。再三の警察の出頭要請に対し、「(当時は)第三者に車を貸していた。名前は明かせない。警察の要請には協力できない」という趣旨の上申書を県警に郵送したという。

こうしたケースは、過去にも起きている。

2015年にも、県警の呼び出しに応じなかった男性が、道路交通法違反(速度超過)容疑で逮捕された。朝日新聞(2015年12月5日)によると、男性は「車には第三者が乗っていた。今後の警察からのご連絡は全て無視します」などと書いた文書を県警に送っていたという。

●上申書紹介ブログ「これでは逮捕状の請求も出来ません」

交通違反に関する上申書について検索してみると、「オービス(速度違反自動取締装置)の呼び出しに応じない人たちは、以下のような内容の上申書を警察に郵送している」と紹介するブログがあった。

「ご指摘の車両は第三者に貸与してありましたが、その名前は明かせません。今後の捜査へのご協力は一切お断り致します。同様の上申書が警察に多数届いていると聞いておりますので、今後の警察からのご連絡についても全て無視致します」

このように上申書の内容を紹介した上で、「警察が一番困るのは実際に運転していた者の名前がわからない事でしょう。これでは逮捕状の請求も出来ません」と結んでいる。このブログは2005年に書かれたものだった。

上申書の内容を紹介する同様のサイトには「刑事訴訟法第198条と犯罪捜査規範第219条に基づき固くお断り致します」との記載もあった

警察に上申書を送ることで、取り締まりを逃れたり減刑されたりすることはあるのだろうか。平岡将人弁護士に聞いた。

●上申書「法定された手続きがあるわけではない」

ーーそもそも上申書とは、どういうものですか

上申書とは、「官公庁や警察などに対して、申立や報告などを行うための書類や報告書」をいいます。法定された手続きがあるわけではなく、形式等も決まっていません。呼び方も、上申書や嘆願書、報告書、反省文など、書かれている内容によってさまざまな呼び方があります。

上申書そのものに特別な法的効力はありませんが、上申書で自らの要望や主張を伝えることで、官公庁や警察の判断に影響を与える可能性はあると思います。

例えば、今回のような事案で、本当に運転者が自分ではないのだとしたら、前後のアリバイや自動車を誰に貸していたかは説明できるはずですから、その旨を説明する上申書を出すのは良いでしょう。

●サイトでの主張は正しいもの?

ーーサイトでは「刑事訴訟法第198条と犯罪捜査規範第219条に基づき固くお断り致します」という主張が紹介されていました

現在の刑事訴訟法を中心とした制度は、国民を国家権力の横暴から守るために、根拠がなければ国家は逮捕できないという構造となっています。

国家が何の根拠もなく、あるいは薄弱な根拠だけで国民を逮捕できる世の中になったら、私たちは日々怯えて過ごさねばならないためです。

このような制度設計から、刑事訴訟法198条1項但し書きは「被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる」として、意に反した捜査に協力する義務はないという旨を規定しています。

また、犯罪捜査規範第219条は、「交通法令違反事件の捜査を行うに当たっては、事案の特性にかんがみ、犯罪事実を現認した場合であっても、逃亡その他の特別の事情がある場合のほか、被疑者の逮捕を行わないようにしなければならない」として、交通法令違反の場合は軽微な事案が多いことから、なるべく身柄拘束を伴う逮捕を避けようと規定しています。

●正当な理由のない出頭拒否→むしろ逮捕されることも

ーー条文の内容だけ見ると正しい主張のようにも思えますが、根拠になり得るのでしょうか

この2つを根拠にしているということは「軽微違反だから逮捕はどうせできないだろうし、任意出頭の要請は拒否できるから、捜査協力はしません」と国民保護のための規定を逆手にとって、処罰から逃げようとしているわけです。

上申書では、運転者と自分は同一ではないとして「犯人性の否認」もしています。捜査機関も罪を犯したと疑うにたりる相当な理由を証明できず、逮捕できないとの狙いもあるのかもしれません。

しかし、もし捜査機関が同一人物との証明ができた場合には、むしろ正当な理由なく出頭要請を拒むことは、素直に出頭していれば逮捕までされなかったのに、逮捕されてしまうということもあるでしょう。

逆にその出頭しなかったこと自体が、逮捕の必要性を認める理由となると判断されてしまうためです。

最高裁判所の判決でも、「正当な理由のない不出頭は、刑事訴訟手続からの逃避性向をうかがわせるものであるから、これが繰り返される場合には、逃亡のおそれ又は罪障いん滅のおそれの存在が推定されるのであり、本件においてもかかる推定が当然に働くということができる」と判示されています(第二小法廷平成10年9月7日判決)。

●逮捕を免れることは考えられない

ーーー今回の事案について、どうみましたか

今回の事案は自らの罪責を免れるために、「運転者は自分ではない」と嘘の主張をする上申書を出しています。自ら違反を犯しておいて、このような手法を取ることに私はまったく共感できません。

警察は、そもそもオービスでの写真があり、そこに撮影されている人物が、犯人とされている人物と似ているということを前提として出頭要請をしているはずです。

それに加えて、日々の日常生活に使用する比較的高価な動産である自動車を、他人に貸すというのは一般的な行動ではありません。

もし本当に貸したのであれば、詳細を容易に説明できるのにあえてしないことを考えあわせますと、速度違反をした犯人であるとの推認が働く余地があり、今回のような内容の上申書を出すだけで逮捕を免れることができるとは考えられません。

プロフィール

平岡 将人
平岡 将人(ひらおか まさと)弁護士 弁護士法人サリュ銀座事務所
中央大学法学部卒。全国で10事務所を展開する弁護士法人サリュの前代表弁護士。主な取り扱い分野は交通事故損害賠償請求事件、保険金請求事件など。著書に「交通事故案件対応のベストプラクティス」ほか。実務家向けDVDとして「後遺障害等級14級9号マスター講座」「後遺障害等級12級13号マスター講座」など。

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