「街で『新人研修の一環で名刺交換を200枚するまで帰れない』等言って名刺交換を求めてくる人がいますが絶対に交換しないでください』」。ツイッターに、新入社員への注意事項と称したこんなツイートが投稿され、話題を集めた。
投稿者は「会社の電話番号が業者に渡ってマンション購入や先物取引のセールス電話がバンバン掛かってきて大変なことになります」と、安易に名刺を渡すリスクを指摘している。
東京都内のIT企業に勤めるヒロミさん(27)は渡す側の経験者だ。新卒で不動産会社に入社し、道行く人々に「名刺交換をしてください」と頼み込む日々を送っていた。「それこそ、『新人研修の一環で』と言って名刺を交換してもらい、翌日に投資用マンションの営業電話をかけて嫌がられてました」と苦笑する。
「研修の一環」と称して、名刺交換のあとに営業電話をかける「だまし討ち」ともいえる行為は、法的に問題ないのだろうか。一藤剛志弁護士に聞いた。
●「個人情報取扱事業者」なら違法の可能性
「事業者が、個人情報保護法で定められた『個人情報取扱事業者』にあたるかどうかによって、結論が少し変わってきます」
一藤弁護士はこう切り出した。個人情報取扱事業者とは、事業用として持っている個人情報が、過去半年のうち1日でも「5000件」を超える事業者のことだ。
「個人情報取扱事業者は、偽りその他不正の手段によって、個人情報を取得することを禁止されています(個人情報保護法17条)。
この規定に違反した場合、事業者を管轄する大臣、つまり、不動産の場合は国土交通大臣が、その行為を中止させる勧告や命令をすることができます。事業者が従わない場合には、刑事罰もあります」
●個人情報取扱事業者ではない場合は?
では、個人情報取扱事業者でなかった場合は、どうだろうか。
「人を欺いて名刺を渡させる行為は、そもそも詐欺にあたります。
民事上、相手に名刺を渡させた行為者には不法行為責任、指示をした業者にはその使用者責任が発生します。また、刑事上でも行為者には詐欺罪、業者または上司には、詐欺にあたるような行為をするよう指示したとして、教唆が成立する可能性があります。
ただし、名刺そのものは財産的価値が必ずしも高くないため、実際にこれらの責任を追及することは難しいかもしれません」
では、どうすればいいのか。
「このような場合、あとから営業電話がかかってきても、引っ掛からないように注意するほかありません。もちろん、営業電話が強引だったり、詐欺的だったりした場合は、そのこと自体によって、契約の取消しや業者に対する制裁もありえます。
なお、ヒロミさんは投資用マンションの営業をしていたということですが、宅地建物取引業者の場合は、個人情報取扱事業者であるか否かを問わず、業務に関して法令違反があり、宅地建物取引業者として不適当として判断されるときは、業務停止や免許取消しとなる可能性があります」
ネット上には、迷惑な営業電話を避けたいがために、自分の名刺の代わりに「嫌な上司や嫌な同僚や嫌な取引先の名刺渡す」という声もあった。勝手に第三者に他人の名刺を渡すことに法的な問題はないのか。
「他人の名刺を渡したその人自身が個人情報取扱事業者にあたることは稀でしょうから、個人情報保護法による罰則の適用は基本的にはないでしょう。他人の個人情報を提供したからといって直ちに犯罪が成立するものではなく、名誉棄損につながる場合に刑事罰の適用があるくらいです。
もっとも、犯罪にあたらないからといって自由にやってよいわけではありません。上司や同僚に対して民事上の損害賠償責任を負う可能性はありますし、就業規則などの社内規定によっては懲戒の対象となるかもしれません。法律以前のマナーとしても許される行為ではないので、他人の名刺を勝手に渡すくらいであれば、頑として渡さない姿勢を貫いてほしいと思います」