インターネット上の違法音楽ファイルを自動的に検知するプログラムが、プロバイダーのサーバ上に導入される可能性が浮上した。
6月21日付けの朝日新聞の報道によると、日本音楽著作権協会(JASRAC)などの音楽の著作権を扱う6団体2社は、プロバイダーに対して、著作権情報集中処理機構(CDC)が開発した違法ファイルを自動的に検知するプログラムを導入するよう働きかけていくということだ。
このプログラムを導入することで、プロバイダー側から違法ファイルをアップロードしたユーザーに警告を発し、違法ファイルがインターネット上で拡散されることを防ぐ狙いがあるということだが、この仕組みは言い換えれば、プロバイダーが各ユーザーの通信内容をチェックする仕組みであるともいえる。
●プロバイダーが「通信の秘密」を侵すことにならないか
憲法では、個人間の通信の内容及びこれに関連した一切の事項に関して、公権力が把握することなどを禁止する「通信の秘密」が規定されているが、公権力だけでなく電話事業者やプロバイダーなどの電気通信事業者についても、電気通信事業法により「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない」と規定されている。そのため、ユーザーがファイルをインターネット上にアップロードする際にプロバイダーがその内容をチェックすることは、この規定に抵触するのではないかという疑問が生じる。
それでは、もし実際に違法ファイルを自動的に検知するプログラムが導入された場合、プロバイダーは「通信の秘密」に違反することにならないのだろうか。通信関連の法律に詳しい高橋郁夫弁護士に聞いた。
●法解釈では違反にあたる?
「『電気通信事業法』は、その第4条で(秘密の保護)で『電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。』と定め(1項)ており、また、特に電気通信事業に従事する者に対する秘密の保護が定められています(2項)。また、同法第179条においては、通信の秘密に対する侵害に対して刑事罰が定められています。そして、この通信の秘密の保護の内容は、積極的な知得行為の禁止と漏洩・窃用の禁止の二つの内容を含んでいます。」
「この解釈として、電気通信事業者たるプロバイダーが、その本来の業務である通信の伝達を超えて、その通信の内容を積極的に取得しようとすることは、仮に、違法な著作権侵害複製データを探知する目的であったとしても、許容されるものではないということができるでしょう。」
もしプロバイダーが利用規約にあらかじめ自動検知を行なうことを定めて、ユーザーに事前同意させるような場合は合法になるのか。
「同意により合法と考えられるのは、その通りです。ただし、総務省の消費者行政課の解釈では、通信の秘密についての合意は、個別具体的でなければいけないとされているので、この具体性についての争いがでるかと思います。」
●違法性は社会状況にあわせて判断されるべきか
「もっとも、現代社会において、さまざまな社会的な要請に対して、プロバイダーが、インターネット媒介者として、積極的な役割を果たすべきではないかということがいわれてきています。これらの考え方は、いわゆるD-Dosなどの攻撃に対してプロバイダーが積極的な役割を果たすべきであるという考え方や児童ポルノに対してのブロッキングの考え方などに表れています。」
「このような現状のもとにおいて、提案されたような仕組みに関して緊急避難の要件に該当するように留意して、それを設計して、実装することに務めるのであれば、それが積極的知得行為の外形にあたるからといって、通信の秘密に対する違法な侵害行為であると断言することができるものではないということになるのではないでしょうか。」
つまり、現在の法律の条文だけ解釈すればこのプログラムは「通信の秘密」に違反すると思われるものの、絶えず技術革新が進むインターネットという新しい分野においては規制のあり方など社会的な見解も変動していくものであり、違法ファイルの拡散を防ぐことが社会において広く求められている状況と判断されれば、このプログラムの正当性が認められる可能性もあるということだ。
現時点ではプロバイダーがこのプログラムを導入するかは不明であるが、導入されるとなればインターネットユーザーからの強い反発が予想され、権利団体の要望通りに事態が進展するかどうかはまだ不透明な状況である。