視覚障害者の学生がホールスタッフとして接客するカフェが2月17日、東京・杉並にオープンした。こだわりのドリンクやスイーツが味わえるのはもちろん、視覚障害への理解を深める工夫も凝らされている。
企画した学生は「視覚障害者の新しい働き方の可能性を切り開きたい」と意気込む。オープン初日までの奮闘に密着した。(弁護士ドットコムニュース/玉村勇樹)
●視覚障害者にも接客業の場を
京王井の頭線・富士見ヶ丘駅から歩いて3分の場所に、毎週月曜日限定でオープンした「Moonloop Cafe」。店名には月の満ち欠けのように、晴眼者も視覚障害者も関係なく、さまざまな視野の持ち主が集まれるようにとの願いが込められている。
企画を立ち上げた大学4年の浅見幸佑さんは、自身が代表をつとめる一般社団法人ビーラインドプロジェクトで、視覚障害への理解を深めるイベントなどを開いてきた。同法人でカフェ開業した理由について「視覚障害者と接する中で飲食店で働きたいけど難しいと話す人が多かった。だったら自分たちが接客のできる場所を作ろうと思った」と話す。
接客を担う視覚障害者の学生は2人。大学4年生の隅本真理さんは網膜の病気で生まれつき目が悪く、7歳で全盲になった。「健常者が働くような飲食店で働くことに憧れがあった」と語る。
「食べるのが好きなので、飲食店でバイトをしたかったが、目の障害を理由に断られ続けた。この話を聞いてやるしかないと思った」と話すのは大学1年生の石上匠人さん。彼も生まれつき右目がまったく見えず、左目の視力も0.1以下だ。
接客を担当する視覚障害者の隅本さん(左)と石上さん
開店に向けて準備を始めたのは昨年6月。10月からは週に1回店に集まり、調理や接客の練習を繰り返してきた。
●メニューや食器にも視覚障害ならではの工夫
看板メニューはチャイ。店名の由来である月の満ち欠けのように、味は週替わりの「店長」が好きな味に仕上げている。オープン初日の店長は隅本さん。ショウガの風味をより強く感じられるように、シロップの甘さを控えめにした。
さらに口当たりを良くするためスチームして泡立てたミルクを注ぐ。男性客は「クリーミーでふわふわ。味もスパイシーでおいしい」と舌鼓を打った。
看板メニューのチャイを客に運ぶのは隅本さんと石上さんの仕事。目が見えなくても注げるように、注ぎ口がカップに引っ掛けられるような形のポットを用意した。「客とぶつかって物を壊したりすることが決してないように練習してきた」と隅本さんは胸を張る。
チャイを提供する隅本さん
チャイに合わせるのは生チョコレート。調理スタッフの上原幹太さんは「フォークで刺して食べられるので、目が見えにくくても食べやすい」と説明。視覚障害のある人でも置いてある場所がわかりやすいように盛り方も立体的にした。
もちろん味もこだわっている。甘いチャイの味とけんかしないよう、アーモンドのような香りが特徴のリキュール「アマレット」をきかせた大人の味わいに仕上げた。
●障害があるからと味に妥協はしない
オープン1週間前の2月10日夜、隅本さん以外の3人が店に集まり、提供する商品の味や接客方法について最終確認をおこなった。この日は間借りする喫茶店のオーナー、田上凛太朗さんも姿を見せた。
「視覚障害を持っている人の中にも飲食店をやってみたいという人が多いと聞いて驚くとともに、チャレンジできる場がないなと考え、ぜひ使ってほしいと思った」と話す田上さん。石上さんが注いだチャイを一口飲むと「おいしい」と笑顔を見せた。
看板のチャイと並ぶ一押しのドリンクメニューを作ろうと石上さんが現在挑戦しているのがコーヒーだ。「コーヒーはお湯と豆の分量が大事だと思う。動画を見ながら、勉強している」と石上さん。多いときで1日5、6杯は作るという。
プロの意見を聞こうと石上さんは田上さんにコーヒーを注いだ。そのコーヒーを一口含むと、優しかった目つきが鋭く変わる。そして一言「紅茶みたいー」。
どうやら豆の挽き方が荒すぎて、コーヒーの旨みや香りを抽出しきれなかったようだ。「食を扱うということは人の命を預かっているということ。食品の内容に関しては厳しく言っている」と田上さんは話す。
コーヒー豆の挽き方の指導を受ける石上さん
その後、田上さんが豆の挽き方の目安を実際に挽いて教えるとすぐにスマートフォンで撮影を始める石上さん。微かに見える左目を頼りに粒度を記憶する。「まだまだ勉強不足。豆の種類や挽き方でどのように抽出されるのか理解できていない。これから学んでいいコーヒーを出したい」(石上さん)。
結局、この日、石上さんの入れたコーヒーに対して、田上さんから「おいしい」の言葉は出なかった。
●視覚障害に理解を深めてもらうために
オープン当日。店内には手で場所を確認しながら、机の上に食器を準備する隅本さんの姿があった。「ワクワクしている。いよいよかという感じ」。
視覚障害のある人でも注文しやすいようにメニューは点字のものも備えた。この日訪れた全盲の女性は「誰かと一緒にご飯を食べに行ったときはメニューを読んでもらうことが多いので、自分で確認できるのはうれしい」と喜んだ。
視覚障害への理解を深めてもらおうと店内には点字による五十音や数字の表記が書かれた一覧表や点字を打つための「点字器」も用意。この日は客が点字で打った感想を隅本さんが読み上げた。点字を初めて体験した女性は「伝わるとうれしい。英語が話せるようになったような感動がある」と興奮気味で話した。
感想を点字で打つ女性
オープン初日は15人が来店。そのうち、7人は視覚障害のある人だった。
初日を終えた「店長」の隅本さんは「疲れたけど、すごく心地いい疲れ。達成感がある」と清々しい表情で振り返った。そのうえで、「障害で自分のやりたいことを諦める人はきっとたくさんいる。そのような人たちの背中を押すカフェにしていきたい」と力強く答えた。
●視覚障害者の可能性を広げる
厚労省の『2023年度ハローワークを通じた障害者の職業紹介状況などの取りまとめ』によると、2023年度の障害者の就職率は全体で11万756件で、前年度に比べて8219件増加した。
厚労省は法定雇用率の引き上げを見据えて、障害者雇用に取り組む企業が増えたことを増加の要因とする一方、日本視覚障害者団体連合が2019年にまとめた視覚障害者の就職状況の内訳を見ると「あんま・鍼・灸・マッサージ」が39.2%でトップ。販売の職業は1.9%に留まっている。
先に挙げた厚労省のまとめでも、宿泊飲食のサービスに従事しているのは身体障害者全体の4.0%しかいない。
浅見さんは「カフェだけでなく、こうやれば視覚障害者でも働けるのではというようなインスピレーションを与えられる存在になりたい」と話す。彼らのような学生が障害の垣根を超えて働ける社会の実現を目指す。そんな姿を見て、記者は素直に関心した。
「Moonloop Cafe」は毎週月曜日の午後5時半から午後10時に営業。場所は東京都杉並区久我山5-24-1(京王井の頭線 富士見ヶ丘駅から徒歩3分)。