土地の所有者になりすまし売買代金をだましとる不動産詐欺を描いたNetflixの人気ドラマ『地面師たち』。魅力のひとつは、売主と買主が顔を合わせる取引の場での地面師と司法書士のスリリングなやりとりだ。
2024年夏に公開されると、本人確認を打ち切ろうとする地面師側(ピエール瀧)のセリフ「もうええでしょう」が「新語・流行語大賞」のトップ10に入るなど話題を呼んだ。年が明けても閲覧数はドラマ部門の上位に入っている。
同作は、2017年に積水ハウスが55億円をだましとられた実際の事件がモデル。現実の地面師詐欺事件の実態はどんなものか。土地取引で本人確認の重責を担う司法書士で、原作小説・ドラマを監修した長田修和さんに聞いた。
なお、積水ハウス事件ではすでに主犯格らの実刑判決が確定しており、2024年11月には東京地裁で犯行グループの5人に10億円の賠償を命じる判決も出た。
●本人確認は「命懸け」
――ドラマでは司法書士らをだますため、地面師たちが周到な準備をする様子が描かれています
司法書士は土地取引のいわば「ラスボス」です。司法書士が「決裁していいですよ」と言わないとお金が動かない。登記の結果が出るまで通常1~4週間かかるので、なりすましだったら逃げられてしまう。
だからこそ過失があれば、司法書士にも賠償責任が生じえます。司法書士会を通して入る保険には限度額があり、報酬は土地の価格と比して低廉なので高額物件ほどリスクが高い。億単位なんて、とてもじゃないけど払えないですよね。また、懲戒処分を受けると官報に載るのでまともな依頼が回ってこなくなります。
この仕事を20年以上やっていますが、5000万円ぐらいの物件でも毎回ドキドキします。取引時の本人確認は、まさにバッジ(職業生命)を懸けた仕事です。
――取引のシーンのやりとりは緊迫感がありました
実際の地面師事件は、売主から直接取引ということは多くなく、中間業者が入っていることが多いんです。たとえば12億円がだましとられたアパ事件(2017年)では、間に2社入っていて、仲介業者なども出てくる。でも、そのまま映像にしたらテロップがないと何が起こっているか理解できないでしょう。
ですから、ドラマでは原作小説の設定と同様に綾野剛さんとピエール瀧さんだけで完結するよう、だいぶ端折ってあります。そうやってエンタメ性を優先した分、取引シーンではリアルさを追求してバランスをとっています。
大根仁監督がものすごくこだわる人で、対面の打ち合わせだけでも9回やりました。たとえば、取引に持参するペンや名刺入れなどの小物類、鞄やスーツのブランドやネクタイの色などを聞かれるんですが、どうしてなんですかって理由まで深掘りされる。
不動産取引の主役は売主さんと買主さんで、司法書士は黒子だから控えめなんです、なんて仕草などのやり取りを毎回繰り返すからディテールがすごい。小道具のウイスキーなどにも監修の人がついているんですよ。
●「もうええでしょう」が当たり前だった時代
――ドラマの取引シーンでは、司法書士が免許証に裏側からライトを当てたり、さまざまな質問をしたりして、本人確認をしていました。実際の現場でもそうなんでしょうか?
免許証にライトを当てるとICチップの有無や透かしを確認できますし、パスポートだと反対側に顔写真が浮かびます。
質問もいろいろとするんですが、本人確認に時間をかけると、本当に売主側から「もうええでしょう」と言われてしまう。取引では売主が圧倒的に強い立場ですし、疑われるのが不快なのはわかります。買主も売主に遠慮するので空気を読むことが肝心です。
念を入れるなら免許証やマイナンバーカードのICチップを読みとり、暗証番号を入れてもらうという方法も考えられます。ただ、売主は圧倒的に高齢者が多く、暗証番号を覚えていない人もいますし、何回か間違うとロックがかかってしまう。それに売主が地面師でしたら暗証番号は忘れたと言うだけなので、ドラマと違って、あまり現実的ではないんです。
私も若いころは不動産業者やブローカーから机の下で足を蹴られたり、怒鳴られたりしたものです。あやしい取引ではなくても、ああいう態度が普通にありましたね。
――ドラマの舞台は2017年ですが、今は違うのでしょうか?
積水ハウスの事件が起きて以降は、本人確認の重要性が認識されて仕事はやりやすくなりました。
とはいっても、あそこまで厳重なのは大きな取引のときぐらいです。通常は数分で終わらせないといけない。書類や筆跡、形式的な質問のほか、雑談などを通して総合的に本人性の心証を得ています。これはもう経験ですね。
ドラマがヒットしたことで、取引のときに「近所のスーパーを聞かないの?」などと言われることが増えました。本人確認の重要性が広まってありがたいことです。ただ、「地面師の(監修の)人だ」と大声を出されたときはさすがに困りました(笑)。
――ドラマでは売主役が質問に即答できないシーンもあり、「どうして見破れないんだ」と思った視聴者もいたと思います
実際に答えを間違う売主はいます。高齢者だと自分の正確な年齢を覚えていないケースもある。たまにサバを読む人もいますけど…。
また、たとえば老人ホームに入っていて、住所の何丁目までは言えるけど、番地まではわからないといったケースなんかもある。そういうときも、心証を得られるような聞き取りをします。
――具体的に本人確認で注意していることはありますか?
免許証やマイナンバーカードのチェックは、はじめて体験する人が多いのでイベント感覚で楽しんでもらえるような話し方をします。相手が機嫌よく協力してくれる状況をつくることは意識していますね。
また、ケースによっては不動産業者さんに調整してもらい、事前に1時間くらい売主の自宅に行ったり、取引のあとも一定期間おいて電話したりしています。登記が完了するまでは安心できません。
困ったのは新型コロナ禍のときです。ウェブ会議でもマスクをしている人がいるので、外してもらわないといけない。老人ホームに入所している高齢者だとウェブ会議もできないし、感染防止で中にも入れないから、施設のガラス越しにトランシーバーを使って本人確認をしたこともあります。
●地面師被害、地下にもぐる?
――地面師詐欺はどのくらい起きているんでしょうか?
司法書士会では、地面師詐欺が起きると連絡がまわってくるのですが、2021年以降は報告がありません。ひとつには積水ハウス事件以来、本人確認がしっかりされるようになったことがあるでしょう。
また、積水ハウス事件をはじめ、大物地面師が捕まってしまったというのもあると思います。2024年11月にも2013年に起きた被害額1億2000万円の事件の容疑者が、逃亡先のフィリピンから帰国したところを逮捕されています。
地面師は情報を集めたり、書類を偽造したり、人を買収したりと高度な知識と行動力、お金が必要です。メンバーをまとめるカリスマ性が求められるはずですが、劇中の「ハリソン山中(豊川悦司)」のような人はそうはいないでしょう。
ただし、ニュースにならないだけで、だまされたという噂はたまに聞きます。
――表に出てきていないだけ、ということでしょうか?
不動産はプロの世界なので、だまされたことはなるべく知られたくないのだと思います。チェックが厳しくなったので、被害額自体もあまり大きくないのでしょう。手付金の持ち逃げというケースが多い印象があります。
また、お金さえ戻ってくればよいので、内々で和解しているケースもあるでしょう。
たとえば、積水ハウス事件より前の事件に、被害額6億5000万円の渋谷区富ヶ谷事件(2015年)があります。この事件では間に2つの企業が入っており、民事訴訟も起きているのですが、示談があったということで買主側と中間業者のうち一社は裁判になっていません。
刑事事件にもなっていることや、判決自体が司法書士の責任をめぐる重要判例(最高裁第二小法廷令和2年3月6日判決)になったので注目されましたが、民事訴訟だけなら気づかれないということもあるでしょう。
渋谷区富ヶ谷事件の概要
●「偽造」身分証を足がかりに「本物」をつくる
――今後、AIの発展などで本人確認はより難しくなっていくのでしょうか?
すでにマイナンバーカードや免許証だと、偽造だとはわからないレベルのものが出ています。2024年にはホームページ記載の情報からつくった偽造マイナンバーカードでSIMカードを再発行された地方議員が、スマホを乗っ取られるという事件がありました。目視だけで、ICチップを使った本人確認はしていなかったそうです。
これは地面師詐欺でも脅威です。彼らは偽造書類を使わず、「本物」を使うからです。どういうことかというと、ドラマだと第1話にでてきた「島崎さん(五頭岳夫)」のようなヨボヨボのおじいさんが「印鑑がなくなった」と役所に実印の変更手続きをしにくるわけです。そこで本人確認に使われるのが偽造の免許証などです。
実際に、さいたま市は、なりすましによる偽造免許証を用いて発行された印鑑証明書が地面師事件で使用され、本人確認ミスで訴えられています。
また、土地の権利書は偽造が難しい。だから地面師たちは権利書を失くしたことにして、権利証に代わる公証人の本人確認認証や司法書士、弁護士に本人確認情報を発行してもらいます。そこでも偽造の身分証が使われます。
実際に積水ハウス事件では、偽造パスポートで印鑑証明書を取得し、公証人をだましています。印鑑証明書と公証人の書類は「本物」ですから、偽造を見破るのは困難です。
なお、その時の登記申請がすぐに却下されたのは、本当の所有者が事前に「不正登記防止申出」をして、法務局が本人確認情報に添付された健康保険証のコピーの偽造に気づいたからです。
――身分証を端緒に不正がおこなわれてしまうと
現在、運転免許やパスポート、年金手帳、マイナンバーカードとさまざまな身分証がありますが、特別な研修を受けているわけでもないのに、どれが出てくるかわからない中で本人確認をするのは無理があります。
紙の保険証の廃止など、本人確認書類をマイナンバーカードに統一するような動きがありますが、本人確認ということに限定すれば歓迎です。
マイナンバーカード自体には不正防止のため、さまざまな機能がついていると国がアピールしています。表面だけ見たらだまされる可能性がありますが、少なくとも適切な本人確認法をとっていれば、万一のときもチェックした人の責任はないと考えています。
――身分証を信頼しすぎて大丈夫でしょうか
これも2024年のことですが、因縁をつけて撮影した相手の免許証を使って、銀行口座やクレジットカードを不正に作成するという事件もありました。恐らくネット銀行なのでしょう。
不動産関連も含めて、いろいろな取引が非対面化していて、それ自体はすごく便利なのですが、危険だとも感じています。
マイナンバーカードが普及して、全員が電子証明書を持っているような時代になれば別ですが、いまは過渡期なので、少なくとも高齢者の取引や高額取引などについては、偽造があることを前提に対面でやりとりしたほうが良いのではないかと思います。
劇中でも語られていましたが、我々司法書士の仕事は、買主が不利益を被らないように所有権を移転させる 「取引の安全性を担保する」ことであり、保険のような役割もあります。特に不動産については、どちらか一方がほぼ高齢者なので、まだ時間がかかるんじゃないでしょうか。