1月18日から大学入学共通テストが始まります。受験シーズンが本格化する中で、毎年懸念されるのが「受験生を狙った痴漢被害」です。
試験時間に遅れないよう、通報しにくい受験生の事情につけこんだ卑劣な犯行の予告が、SNSやネット掲示板に大量に書き込まれます。
受験生を狙った痴漢について、「重罪にすべし」との声も聞かれるところです。
実際に、受験生への痴漢行為は、悪質極まりなく「犯情」の一つとして重く評価されると考えられます。この記事では、量刑への影響、「不合格になったら賠償を求められるのか」についても検討してみます。
●受験で痴漢被害に遭った→「不合格なら一生変えた。重罪にすべき」
「大学入学試験センター」は試験に向かう途中で痴漢被害に遭った場合は、追試対象になるとしていますが、それは最低限必要な救済措置でしょう。なんら非のない受験生が、痴漢被害を原因として、追試に気持ちを切り替えざるを得ないのは酷なことです。
多くの大学が集まる東京都は、鉄道事業者と一緒になって、受験期の痴漢被害を防ぐための「痴漢撲滅キャンペーン」を1月15日から始めます。警戒活動の強化などに当たる予定です。
X上では、高校受験の朝に痴漢に遭って、泣きそうになりながら試験を受けてなんとか合格したものの「不合格なら一生を変えたかも知れません。もっと重罪にすべき」と発信するアカウントもありました。
このように「受験生を狙った痴漢は重罪にすべき」という意見が相次いでいます。
実際に量刑に影響するのか検討してみました。
●量刑とは?量刑の判断方法とは?
「量刑」とは、その犯罪の範囲内で、実際にどの程度の刑を宣告するかを決めることをいいます。たとえば不同意わいせつ罪(刑法176条)の場合、6カ月以上10年以下の拘禁刑(懲役)と定められているのですが、その幅の中でどの程度の刑を科すのが妥当かが判断されます。
この量刑を判断する事情は、大きく「犯情」と「一般情状」に分けられます。
「犯情」とは、その犯罪自体が、どの程度悪いものなのかを考慮する事情です。
行為態様(具体的にどういう手口でどのような犯行をしたのか)、結果がどの程度重いのか、動機、等が考慮されます。
「一般情状」とは、被告人がどの程度反省しているのか、など、犯罪そのものとは直接関係のない事情をさします。
そして、まず「犯情」を考慮することで、おおよその「大枠」が決まり、次に一般情状を考慮することで、その大枠の中で具体的に何年の刑になるかが決まると考えられています。
つまり、刑事裁判の世界では、犯情、すなわち「その犯罪自体の悪質性」の方が、一般情状より重視されています。
量刑の決め方の模式図(弁護士ドットコムニュース編集部作成)
●「共通テストの日を狙った痴漢」は犯情に影響すると思われる
共通テストの日は、受験生の人生を左右しかねない大切な日です。余計なトラブルを抱えたくない、と考え、痴漢被害にあっても泣き寝入りしてしまうおそれがあります。
このような受験生を狙う痴漢は、悪質極まりないというほかなく、犯情の一つとして重い方向に評価されると思います。
被害者はいつも以上に被害申告をしにくいでしょう。もちろん、受験日だけでなく、普段から痴漢被害を防ぐための周囲のサポートは大切だと思うのですが、試験当日を狙う悪辣な犯罪者がいるということであれば、さらに気をつけるべきなのでしょう。私も周囲に受験生らしき人がいたら目を配りたいと思います。
なお、痴漢被害に遭った場合、追試験の対象になります。受験生だからといって泣き寝入りすることなく、勇気を持って被害申告してほしいとも思います。
大学入試センターの記載 (https://www.dnc.ac.jp/kyotsu/faq.html)
● 不合格になった場合に、損害賠償請求はできるのか
痴漢被害に遭ってしまい、その後残念ながら志望校に不合格となってしまった場合、犯人に対して損害賠償請求したい、と考えるのは当然のことです。
まず、慰謝料や、痴漢被害に対してかかった費用(警察までの交通費など)については当然、請求できるでしょう。
問題は、「不合格に伴う不利益」についても損害賠償請求できるか、です。
たとえば、国立大学を志望していたのに、共通テストで思うように点数がとれなかった結果、私立大学に行くことになり、学費が余計にかかってしまった場合、この学費の差額分についても損害賠償請求できるかが問題となります。
形式的には、痴漢という不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求の対象として、不合格となってしまったことや、それに伴う不利益も含まれうると考えられます(同法416条参照)。
しかし、痴漢行為と不合格との因果関係の立証は非常に難しいと思われます。残念ながら、この差額分の請求は現実的にはなかなか認められないように思います。
ただし、共通テストの当日に痴漢被害にあう、ということは、通常の場合よりもさらに精神的苦痛が大きいと評価されうるとは思います。慰謝料の算定において、このような事情も考慮してもらうことは十分考えられます。
(弁護士ドットコムニュース編集部・弁護士・小倉匡洋)