きらびやかな東京の女子大生、制服必須の女性会社員、奮闘する女性弁護士…決まりきった型にはめられることが嫌だった。
亀石倫子弁護士(49)を自由にしたのは、ロースクール時代に出会った刑事弁護の世界だ。「楽しすぎる」というその仕事に魅了され、司法の歴史に残る数々の判決を勝ち取った。
弁護士生活15年。自分の型は、自分でつくる。「亀石倫子」にしかできない役割を全うすべく、離婚などの家事事件に取り組みながら、国を相手取る公共訴訟という新たな領域にも挑んでいる。
●上京するも「何もみつけられなかった」
2017年3月、最高裁大法廷で司法の歴史に残る判決が言い渡された。警察による令状なしのGPS捜査を違法と判断したもの(※1)だ。主任弁護人を務めた亀石弁護士はメディアの前に立ち、その名は一気に知れ渡った。その後もタトゥー彫り師医師法違反事件(※2)で逆転無罪判決を勝ち取るなど、刑事弁護人として活躍した。
北海道小樽市出身。都会に憧れ、東京女子大学英米文学科に入学した。これまで出会ったことのない人たちに圧倒された。母親のベンツで登校する同級生、ネイティヴ並に英語を巧みに話す帰国子女ーー。「都会でやりたいことを何もみつけられない」と、卒業後はNTTドコモ北海道に総合職として入社した。
ところが、会社では「なぜ」の連続だった。女性のみ着なければならない制服があった。「窓口に立つわけでもないのに」と疑問を抱いた。労働組合に全員加入すると説明された際は「絶対に入らなければいけないんですか?」と聞き、場の空気が凍った。始業前のラジオ体操は、業務前だからと参加しなかったら、怒られた。
仕事自体は「おもしろかった」。マーケティングや配信などをする中で、どのようなコンテンツが求められているかを考える日々は楽しかった。しかし、常に不満があった。会社を辞めようにも、やりたいことがあるわけでもない。そんなときに夫に出会って結婚。約3年半勤めた会社を辞めて、夫がいる大阪で新たな人生を歩み始めた。
未知の地で知り合いはいないが、時間だけはある。これから、どう生きていこう。自分に何ができるのだろうーー。考え続けた。「自分にできることは地道に勉強すること。これからの人生を生きていくための時間とエネルギーの使い方をしよう」と思った。そんなある日、本屋のラックに置かれた司法試験受験予備校のパンフレットをみつけ、「これだ」と思った。
2001年4月から予備校の通信制講座を始め、司法試験受験生となった。法律の勉強は未経験。ゼロからのスタートだった。
●ロースクールでみつけた「なりたい自分」
がむしゃらに勉強を始めたものの、これまで弁護士という職業の人に実際に会ったことはなかった。「勉強ばかりしていて、友達になれる気がしない人たち」との偏見もあった。
「孤独に強い」と自負していた亀石弁護士だが「地獄のような孤独」に耐えられなくなり、予備校は通信制から通学に切り替えた(12月7日、弁護士ドットコム撮影)
見方が変わったのは、ロースクールに行ってからだ。2005年に大阪市立大法科大学院の既修者コースに入学した。周囲には20代後半もいれば、同じように会社を辞めた元社会人もいた。ゼミを組んで長時間にわたって議論や勉強できる仲間・友人に恵まれた。
予備校時代に初めて挑んだ旧司法試験では択一試験に合格したが、論文試験はまったく歯が立たなかった。法学研究者や実務家教員から法的素養を学ぶ日々の中で「何が足りないのかがわかった」。
「なりたい弁護士像」も浮かび始めた。和歌山カレー事件弁護団の高見秀一弁護士の授業を受け、そのマインドに触れたことで、刑事弁護をしたい思いが膨らんだ。ヤクザの組長や精神疾患がある被疑者・被告人…弁護するのは、一筋縄ではいかない人も少なくない。闘う相手は国家権力。ほかの事件にはない魅力がある。
これまでは敷かれたレールの上を歩きながらも「本当にやりたいこと」や「なりたい自分」がなかった。「こんな仕事をしたい」と思えたのは、初めてのことだった。
2年間の既修者コースを終えて受験した新司法試験の結果は、不合格。しかし「成績はボーダーラインのすこし下。もう1年頑張ろうと思えた」。2回目の受験で合格を成し遂げ、2009年に大阪弁護士会に登録した。34歳だった。
弁護士になってからは、刑事弁護に特化した法律事務所で約10年間、複数の刑事事件を手がけた。周囲には「よくあんな大変な仕事できるよね」と言われたこともある。
「たしかに、労力と対価は見合っていないかもしれません。でも、弁護士になれたことと刑事弁護ができるようになったことが嬉しすぎたので、大変だとは思いませんでした。自分の人生を変えることができました」
●「個性を活かせる」役割を全うする弁護士に
“女性の刑事弁護人”は珍しく、駆け出しのころから「女性だからメディアに出て」と促されていた。亀石だからではなくて、「女性だから」というだけではないかーー。断固拒否し続けていたが、主任弁護人を務めたGPS捜査違法事件では表に出ないわけにはいかなかった。いざメディアの前に立ってみると「使命感や重要性を理解できた」と語る。
「伝えたいことがあるときは、メディアの力を借りて広く知ってもらうことも大切です。スーツを着た男性ではなく女性が写真に写っているだけで、人が読んでくれる場合はあります。これも一つの読んでもらうための工夫だとわかりました。メディアとよい協力関係を築くことが自分の役割だと思い、それからは引き受けるようになりました」
被疑者・被告人の信頼を得るのは大変だったと振り返る亀石弁護士。スーツの男性は信頼される一方で「女性か」とがっかりされた経験もあるという(12月7日、弁護士ドットコム撮影)
公共訴訟を支える専門家集団LEDGEの代表として、国相手に闘う訴訟に挑み始めたのも、自分の役割があると感じたためだ。
きっかけは、社会課題の解決を目指す公共訴訟支援に特化したウェブプラットフォーム「CALL4」を運営する代表理事・谷口太規弁護士に声をかけられたことだった。当初は「自分は役に立たないのでは」と躊躇した。しかし「訴訟の中でもいろんな役割がある。その1つのピースとして必要であれば、役割を果たしたい」と考え、今に至る。
公共訴訟にも役立てるため、英語力の向上にも励んでいる。海外の法制度を調べたり、海外の人たちとコミュニケーションを取ったりするうえでプラスになるためだ。
「英文科だったものの、英語を満足に話せるようにはなりませんでした。50歳を目前にして、老後に何をしたいのかを考えるようになったのもあります。やっぱり、10代のときにはできなかった英語をもう一回勉強したい」
何をしたいのかわからず、いる場所に違和感を抱えながら、あがいていた20代を経て、弁護士という天職に出会った。「これほど個性を活かせる仕事はない」と語る。
「弁護士にとって大切なことは、よい成績で司法試験に受かることではなく、キャラクターだと思います。実際にまわりでよい仕事をしているのは、個性的・魅力的な人ばかりです。まったく違うバックグラウンドがあることもプラスになっています。同じような弁護士ばかりでは、多様な出会いの機会がなくなっていく。同質性を求める教育も見直しが必要だと感じています」
(※1)GPS捜査違法事件 裁判所の令状を取らずに捜査対象者の車両にGPS端末を取り付け、位置情報を検索して把握する捜査を違法と示した最高裁判例。最高裁は、GPS捜査が有力な捜査手法であるとすれば「その特質に着目して憲法、刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい」と法整備を求めた。重要な裁判例を収録する「判例百選」に掲載されている。
(※2)タトゥー彫り師医師法違反事件 医師免許を持たない彫師によるタトゥー施術は医師法に違反するとして、起訴された事件。一審では有罪判決が言い渡されたが、二審は逆転無罪となった。最高裁は、タトゥー施術は医療行為にあたらず、医師免許は不要とする判断を示し、二審判決が確定した。重要な裁判例として、法学界で注目された。