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“レアキャラ”の刑務所栄養士が受刑者とのメシ作りを本に…「ウマかったっス」にやりがい
刑務所栄養士が出版するエッセイと実際のメニュー(画像は朝日新聞出版提供)

“レアキャラ”の刑務所栄養士が受刑者とのメシ作りを本に…「ウマかったっス」にやりがい

「刑務所管理栄養士」という仕事を知っているだろうか。刑務所で献立を考えたり、受刑者に調理指導をしたりする国家公務員(法務技官)で、全国に約20人しかいない。

そのひとりである黒栁桂子(くろやなぎ・けいこ)さんは、自らを「希少種なんですよ」と語る。塀の外では知られていない受刑者や刑務官とのエピソード、「獄旨ドーナツ」などのオリジナルレシピを盛り込んだエッセイ『めざせ!ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版)を10月20日に出版した。

「ウマかったっス」。やりがいを感じるのは、そんなことばを聞いたときだ。「食」を通じて伝えたいこととはーー。話を聞いた。

●彼らは「生まれながらの悪党」なんかじゃない

黒栁さんの職場は、成人男性を収容する岡崎医療刑務所(愛知県岡崎市)。精神疾患や障がいがある人、犯罪傾向が進んでいない初犯者が収容されている。

受刑者は入所後、それぞれ洗濯や清掃などの作業をおこなう工場に割り振られる。黒栁さんの「仲間」となるのは、受刑者全員分の食事をつくる炊事工場に配属された人たちだ。週に1・2回、調理を指導しながら、彼らとともに食事づくりに励んでいる。

「新メニューや調理に自信がないと言われたときには、炊場に入って指導しています。刑務官もYouTubeなどで料理を勉強してがんばっているんですよ」

画像タイトル 黒栁桂子さん(2023年8月、東京都内、弁護士ドットコム撮影)

定められた時間以外の私語は禁止だが、料理についての会話は許されている。そのため、受刑者とことばを交わすこともある。他愛のないやりとりから、彼らの素顔がみえてくる。

「先生、この前の花しゅうまい、めっちゃ旨かったっス」  
「そぉ? みんな協力してくれたし、がんばったもん!」  
「俺、その日炊場作業休みだったから、部屋で食って感動しました。ひと口で食べてしまいました」  
「ちゃんと味わって食べなさいよ! 愛情たっぷり入れたんだから!」  
すると竹ちゃんは神妙な顔をして、少し間を置き意外な答えを返してきた。  
「先生、愛情の安売りはよくないっスよ」  
『めざせ!ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版)より引用

隣で包丁を握るのは、なんらかの罪を犯した人たちだ。恐怖や抵抗がなかったわけではない。しかし、実際に接してみると、こわいイメージは払拭された。

「娘の成長を願う父親もいれば、母親の生活を案じる息子もいる。そのとき、その場所に出くわさなければ、ここにいなかっただろうなと思う人もいる。彼らは生まれながらの悪党なんかじゃない。そう感じる場面が多々あります」

●「ミスタードーナツ」と呼ばれたい刺青だらけの男性

犯罪をした人に対する世間の目は厳しい。「加害者よりも被害者の支援が大事」と言われたこともある。

「私の目の前には加害者しかいません。料理をつくるうえで過去の罪は関係ありません。栄養士として、目の前にいる人たちにできるのは、ワクワクする気持ちを届けることです」

炊事場で作業する受刑者の中には「オレがこの料理をつくったんだよ!」と話す人、ドーナツがうまく仕上がり「オレをミスタードーナツと呼んでくれ」と周囲に語る刺青だらけの人もいる。

彼らの得意げな姿を見るたびに「ワクワク」を届けられたのではないかと感じている。自らの罪と向き合い、社会に戻って新たな人生を生き直すためのモチベーションにもつながることを期待している。

画像タイトル メニューの一例。『めざせ!ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』より(朝日新聞出版社提供)

つくる側だけではない。食べる側にもワクワクは届けたい。メニュー表を心待ちにしている人たちがいるからこそ、献立にも遊び心は忘れない。最近提供したのは「キャベツ太郎ふりかけ」だ。

「余った『キャベツ太郎』を崩して、風味を残しつつソースと鰹節であえました。なんだこれは!と思ってもらえるメニューにしたいんですよね」

受刑者の食費には税金が使われている。『令和4年版犯罪白書』によると、2022年度の受刑者(20歳以上)1人あたりの食費予算額は、1日528.5円(主食費96.83円、副食費431.67円)とされている。予算はカツカツだが、世間で耳にするのは「犯罪者にはクサイ飯でも食わせておけ」などのことばだ。

「『おいしい』ことと『贅沢』することは違う。栄養士として、限られた予算の中で『クサイ飯』ではなく、おいしさを追求したいと考えています。目指しているのは、ミシュランならぬ『ムショラン三ツ星』です」

●刑務所栄養士が「更生」のためにできること

ともに同じ釜の飯づくりをした「仲間」たちも、刑期が終われば社会に戻っていく。関わることができるのは、炊事工場の中だけだ。出所後に彼らがどうなったかを知るすべもない。新たな人生を歩んでいる人もいれば、再び犯罪をしている人もいるかもしれない。

それでも「更生」のために刑務所栄養士にもできることはある、と黒栁さんは考えている。料理をつくった経験や刑務所での食生活は、再び犯罪に手を染めずに社会で生き直すうえで役立つことがあるかもしれない。

「作業を通じて、料理に興味を抱く人もいるんですよ。調理師免許を取りたいという声も聞きます。昨年から刑務所内で調理師試験を受験できるようになりました」

ただの栄養士としてだけではない。あるときは料理を教える「先生」、あるときは「仲間」、そしてひとりの人間として、黒栁さんは受刑者たちと向き合い続ける。

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