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10月から年収1200万円以上は「児童手当」不支給に…少子化対策に逆行している?
(freeangle / PIXTA)

10月から年収1200万円以上は「児童手当」不支給に…少子化対策に逆行している?

2022年10月支給分から、年収が約1200万円以上の世帯は、児童手当の支給がなくなります。内閣府の推計では、影響を受ける児童の数は61万人で全体の4%とされています。この支給要件の変更によって、370億円の公費削減が見込まれています。

この改正については、「働けば働くほど損をする社会だ」や「親の収入で子どもを差別するな」などの批判の声が挙がっています。一方、賛成派からは、「年収が1200万円もあるなら、社会に頼らず自分で育てるべき」や「待機児童対策には財源が必要だから所得制限はやむを得ない」という意見があります。

そこで、今回は、児童手当のしくみ、少子化対策の効果、児童手当に所得制限を課すことの是非などについて考えてみたいと思います。(ライター・岩下爽)

●夫婦どちらかの年収が1200万円以上で支給されなくなる

児童手当とは、中学校卒業まで(15歳の誕生日後の最初の3月31日まで)の児童を養育している父母等に対して支給される手当です。月額の支給額は、3歳未満が一律15,000円、3歳以上小学校修了前までが10,000円(第3子以降は15,000円)、中学生が一律10,000円です。

児童手当の「第3子以降」というのは、高校卒業まで(18歳の誕生日後の最初の3月31日まで)の養育している児童のうち、3番目以降の子になります。

なお、児童手当は、今でも所得制限が付けられており、所得控除の額によって変わりますが、扶養が3人の場合、給与所得で約960万円以上になると、月額一律5,000円に減額されます。これを「特例給付」と言います。

今回の改正では、この特例給付が年収約1,200万円以上の場合、支給されなくなります。元々所得制限により支給額が半減されていたものが、今回の改正で一切支給されなくなるわけです。

所得制限については、当初、世帯年収(夫婦の所得の合計)で制限することが考えられていましたが、「共働きいじめだ」などの批判が相次ぎ、従前どおり世帯の中で年収が高い方の金額で判断されることになりました。

ただ、この基準は、夫婦の一方のみが働いている世帯で年収が1200万円超の場合には児童手当が支給されなくなるのに、夫婦共働きで、共に年収1,000万円の世帯(世帯年収2,000万円の世帯)には児童手当が支給されるという不均衡が生じます。この点も、共働きでない世帯からは不満が出ています。

●高所得というだけで支援を打ち切ることは妥当なのか

児童手当は、児童を養育している者に児童手当を支給することにより、家庭等における生活の安定に寄与するとともに、次代の社会を担う児童の健やかな成長に資することを目的とします(児童手当法第1条)。

つまり、児童手当は、①生活の安定と②児童の健やかな成長のために支給されているということです。年収1,200万円もあれば、十分生活はできるはずなので生活の安定を図る必要はなく、金銭的な面で児童の健やかな成長が阻害されるということもないと思いますので、所得制限を設けて児童手当を支給しないことは違法とは言えないでしょう。

ただ、少子化対策という観点からは、別の考察が必要になります。少子化の進行は、人口の減少に繋がることから、社会経済に大きな影響があります。そのため、社会全体で子どもの育成を支えていくべきという考えがあるからです。子どもは将来の国の担い手なのに、高所得というだけで支援を打ち切ることは妥当なのかということが問題になります。

今回、児童手当が削減されることで得られる予定の370億円は、待機児童対策として使われます。待機児童の問題が解消すれば、子どもを産んでも安心して働き続けることができるので一定の効果は期待できます。しかし、児童手当が削減されることで、働く意欲や子どもを産もうとうする人が減ってしまうのであれば、結局はプラスマイナスゼロになってしまいます。

●所得制限を回避することはできる?

児童手当の所得制限については賛否がありますが、既に決まったことなので、現実的には、それを回避する手段を考えるしかありません。具体的には、所得を減らすという方法が考えられます。これは給与を下げるということではなく、所得控除をうまく利用するということです。具体的には、「医療費控除」、「雑損控除」、「小規模企業共済等掛金控除額」などの利用が考えられます。

(1)医療費控除

医療費控除は、医療費を支払った場合に一定額が控除されるというものです。入院や手術など医療費をたくさん使った場合に使える所得控除です。次の計算式で計算されます。

「実際に支払った金額 - 保険金などで補てんされる金額 - 10万円」

(2)雑損控除

雑損控除は、災害や盗難などで資産に損害を受けたときに認められる控除で、次のうちいずれか多い方の金額が控除できます。

「損害金額 + 災害等関連支出の金額 − 保険金等の額)−(総所得金額等×10%)」 「(災害関連支出の金額 − 保険金等の額)− 5万円」

(3)小規模企業共済等掛金控除額

小規模企業共済は、個人事業主や小規模企業の経営者の制度ですが、サラリーマンが加入できる個人型確定拠出年金の「iDeCo」も対象なので、iDeCoに加入することで所得額を減らすことができます。掛金全額が所得控除の対象になるので、余力があれば、節税対策としても有効なものです。

明らかに所得制限にひっかかる場合には諦めるしかありませんが、ほんのわずかオーバーするような場合には、所得控除をうまく使うことで特例給付を受けられる可能性があります。

●失敗続きの少子化対策に新たなマイナス要因となる懸念

昭和の日本では、夫が外で働き、妻は専業主婦として家庭を守るという家庭観が一般的でした。高度経済成長のもと、右肩上がりで給与が増えていったという時代背景があり、将来の不安がなく、子どもを多く産むことができました。そのため、人口が爆発的に増えました。

しかし、現在は、高学歴化や女性の社会進出の増加によって未婚者が増え、「婚姻してもキャリアを維持したい」、あるいは「将来に対する経済的不安から子どもを産まない」という選択をする人が多くなってきています。

これまで、政府は少子化対策として2003年に「少子化社会対策基本法」を制定し、「少子化社会対策大綱」を2004年に策定しました。その後、「少子化社会対策大綱」は2010年、2015年、2020年と改定されてきました。しかし、少子化は一向に解消する気配はなく、2021年の出生数は、過去最少を更新し81万1604人となりました 。

要するに、これまでやってきた政策は全て失敗で、全く少子化対策は進んでいないということです。経済政策もそうですが、理屈通りには進まないもので、結局は個々人のマインドによるところがあります。

つまり、みんなが経済は今後成長すると思えば、積極的に投資するようになり、経済は成長するし、将来が明るいと思えば、子どもを産もうという気になります。しかし、20年以上給与が上がらず、少子高齢化で若い人が重い負担を負うことになるという現実が目の前にある中、誰も子どもを産みたいとは思いません。

そういった意味では、今回の児童手当の所得制限も子どもを産みたいというマインドを下げる要因になるので、影響は大きいかもしれません。

●人口減少は本当に悪いことなのか?

これまで少子化対策の話をしてきましたが、そもそも人口減少は悪いことなのでしょうか。

人口増加については、食糧不足、エネルギー不足、資源の枯渇などの問題があります。特に日本のような資源の少ない国では、人口が増加すれば、エネルギーの調達や食糧の調達が難しくなる可能性があります。

一方、人口減少についても問題がないわけではありません。GDPの減少、社会保障費の増大、生産労働人口の減少などの問題があります。ただ、「人口減少=悪」というのが当然のように捉えられるのは危険ということです。

たとえば、AIの進歩によって、将来事務的な仕事のほとんどは無くなり、失業者が増えるとも言われています。これがもし現実化するならば、労働人口が減少することは、むしろ失業者を生まないという意味で歓迎されることになります。

結局のところ、将来のことは誰もわからないので、人口の減少をネガティブに捉えるのではなく、人口が減少した場合を想定して、どうするかを考えることの方が大事だと思います。20年近く少子化対策をしてきて何の効果も出ていないのだから、今後も少子化の流れは止まらない可能性が高いと言えます。

児童手当の所得制限などという細かな改正をするよりも、人口が減るという現実を見据えて、できるだけ早期に富裕層に対する年金支給額の削減やITによる効率化を進めるなどの議論をしていくことが重要なのではないでしょうか。

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