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2020年10月10日 08時19分

乳児に血を飲ませた母親逮捕で"誤解"広がる 「代理ミュンヒハウゼン症候群」とは何か?

乳児に血を飲ませた母親逮捕で"誤解"広がる 「代理ミュンヒハウゼン症候群」とは何か?
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大阪市の病院で、生後1カ月の長男の口に血液を入れて嘔吐させたほか、手などで鼻と口をふさいで一時呼吸停止に陥らせたとして、20代の母親が今年9月に逮捕された。この傷害事件に絡み、「代理ミュンヒハウゼン症候群(MSBP)」が注目されている。

専門家によると、MSBPは、子どもを故意に病気の状態にするという児童虐待の特殊型だ。しかし、加害者である母親の精神疾患の名称であるかのように広く誤解され、正しい理解が進まない現状があるという。

MSBPとはどんなものなのか、また病院でおこなわれるこうした複雑な虐待行為が法的にどのように取り扱われるのか、MSBPの研究者と児童虐待にくわしい弁護士に取材し、検証した。(ライター・鳥成有佳子)

●健康な子どもを病気の状態にする「虐待行為」

児童虐待や体罰についての研究を数多く手がけ、MSBPに関する著書もある日本体育大学の南部さおり教授(法医学・犯罪学)によると、MSBPは母親など、子どもの世話をする人物が、健康な子どもを病気の状態にすることによって医療機関にとどまり、子どもに本来不必要な検査や治療を受けさせるという虐待行為。加害者のほとんどが母親だという。

MSBPの事例に共通していることは、「子どもを継続的に入・通院させておくために、子どもが病気である状態を作り出すこと」の1点だけで、その動機や行動はケースによってさまざまだ。

家族関係や社会生活の中で何らかの息苦しさを抱えた母親が、家庭から離れてわが子と常に一緒にいられる状態を作るために、自ら子どもを病気にし、入院先の病院でかいがいしく看病するというケースがある一方、入院させたわが子が医療スタッフの管理下に置かれている状態をいいことに、自身は夜遊びに興じていたといった事例もある。

子どもを病気にする具体的な行動としては、子どもの尿に血液を混ぜて血尿を装うなど検査におけるねつ造行為や、子どもに薬物などを飲ませる、窒息させる、点滴に異物を混入するなどの傷害行為が挙げられる。

中には、医療スタッフから優しく熱心に接してもらえる病院特有の環境に居心地の良さを覚えたり、病気の子を献身的に看病する「すばらしいお母さん」として見られることで自身の承認欲求を満たすうちに、親子で病院にとどまることに執着するようになり、徐々に傷害行為がエスカレートしていくケースもあるという。

●精神疾患という誤解が広がる理由

MSBPが精神疾患であるとの誤解が広がる理由は、わが子に対して母親が取る行動の異常性にある。

南部教授は国内外の数々のMSBP加害者のケースをもとに「愛すべきわが子を病気の状態にするという行動自体が奇妙だし、そうした母親が周囲に対し『わが子がいかに難しい病気を患っているか』を吹聴したりするエキセントリックな言動も見られることから、精神疾患だと捉えられやすい。しかし実際に精神鑑定の結果などを比較しても、彼女たちがみな共通の精神疾患や人格障害を持っているわけでもなく、それらを伴うとも限らない」と指摘する。

また、「小児医療の専門家である小児科医や看護師に見つからないタイミングを見計らって、子どもの体や検体に手を加えるような複雑な行動をとるには相当な気力と知性、体力を要するはずで、彼女たちの精神状態はおおむね正常なものと考えるのが自然」と話し、MSBPについての議論が加害者である母親の精神状態の問題に矮小化される風潮を疑問視する。

●責任能力ではなく動機面で「情状酌量」につながる可能性

他方、法的にはどのように取り扱われるのか。

児童虐待にくわしい神尾尊礼弁護士は「精神疾患の有無にかかわらず、児童虐待で責任能力に影響があるケースというのはほとんどない。MSBPの場合、自らが起こした行為の結果や法的責任を認識する事理弁識能力にはむしろ長けているし、行動制御能力が欠けているとも言い難く、身勝手な動機によるほかの虐待行為と区別がつかない」と指摘。「ただし育児に関する極限的な精神状態というのは、精神疾患がなくてもあり得ること」だとして、責任能力でなく、動機面での情状酌量につながる可能性に言及した。

また神尾弁護士によると、児童虐待が刑事事件として起訴されるのか、児童相談所の対応に委ねられるのか、その方向性を決定づけるポイントは、子どもが受けた被害の度合いと、虐待行為の継続性だ。そのうえで、「MSBPも含めた児童虐待全般に言えることとして、子どもが負ったけがや身体症状と虐待行為との因果関係の立証は法医学の観点から厳密におこなわれる必要があり、実際にはとても難しい」と説明する。

●早期に発見することは難しい

MSBPをめぐっては2010年、入院中の子どもの点滴に水道水などを混入する虐待を繰り返しおこない、計3人の乳児を死傷させた罪で母親が懲役10年の判決を受け、当時もメディアで大きく報じられた。

南部教授は「さまざまな誤解はありながらも、MSBPという虐待の存在が事件報道などをきっかけに広く認知されていくことには意義があるし、虐待を早期に発見するきっかけにもつながる」と受け止めを語る。

病院というプライバシー保護に重きが置かれた空間でおこなわれる虐待だけに、発見するための端緒は当事者親子に接する医療従事者に委ねられる部分が大きくならざるを得ないが、「まだ言葉も話せない乳児を扱う小児医療の現場において、母親の言葉を信じることは大前提。現に目の前に病気の状態になって苦しんでいる子どもがいる中で、医師が母親によるMSBPを疑って適切に判断できるケースというのは氷山の一角だろう」と早期発見の難しさを指摘した。

●ビデオ映像で「虐待行為の発見」に至った事例もある

日本小児科学会がまとめた「子ども虐待診療の手引き」では、MSBPが疑われるケースについて、母親による作為を裏付ける手立てとして、ビデオカメラで入院中の子どもと母親を秘密裏にモニターすることが明記されており、そうした手法で得られたビデオ映像によって虐待行為の発見に至った事例もある。

子どもに医学的には説明のつかない症状が続いていること、母親と2人でいるときにしか症状が現れないこと、不可解な症状を目の当たりにしても冷静にふるまう母親の態度などに、医療スタッフが違和感を持ち、ただちにモニター監視がおこなわれたという。

つい母親の行動の異常性ばかりが注目されるMSBP。その本質は子どもに対する身体的虐待にほかならず、精神疾患による異常行動でも奇病でもない。

南部教授は「本来注目すべきはむしろ、子どもが適切なケアを受けているか、不必要な検査や治療を受けさせられていないかという点。そこに目を向ければ、医療関係者だけでなく母親以外の家族、周囲にいる関係者がふと抱いた違和感から虐待が判明し、子どもを救うことにつながるかもしれない」と話している。

全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は増加の一途をたどり、2018年度の1年間で約16万件と過去最多を更新。MSBPはそのうちの4分の1を占める「身体的虐待」に分類され、統計上の膨大な数字の中に埋もれるか、あるいは発見されないケースも相当数見込まれている。

国内で起きているMSBPの発生件数など、その全容はつかめていない。

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