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「ムスリム給食」は憲法違反なのか? 北九州市の誤情報拡散、飛び交った政教分離違反というの不確かな指摘
写真はイメージで実際の給食ではありません(akira / PIXTA)

「ムスリム給食」は憲法違反なのか? 北九州市の誤情報拡散、飛び交った政教分離違反というの不確かな指摘

9月下旬、「北九州市がムスリム(イスラム教徒)に対応した給食の提供を決定した」とする誤情報がSNS上で拡散し、抗議が殺到。北九州市が「そのような事実はありません」と否定し、対応に追われる事態となりました。

市はアレルギー対応として28品目(豚肉含む)を除いた給食(「にこにこ給食」)を一度だけ実施していました。これが結果的にムスリムにも対応した給食となったことから、曲解されて誤情報として広まったとみられています。

SNSでは誤情報に基づき「政教分離違反だ」といった声もSNSでみられました。

そもそも今回は事実ではありませんでしたが、仮にムスリム対応の給食を自治体が提供するとして、本当に「政教分離違反」となるのでしょうか。憲法訴訟を多く手がける平裕介弁護士に聞きました。

●憲法20条3項の「宗教的活動」に当たるのかという問題

憲法には、国家と宗教の分離の原則、すなわち「政教分離の原則」【1】に関する条文が3つあり、それは20条1項後段、20条3項、そして89条(前段)です【2】。

ハラル給食を公立学校の児童・生徒に提供することが正教分離原則に違反するか否かという問題については、基本的には20条3項に違反するかどうかが論点になります。

憲法20条3項は、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定し、一般的に自治体(地方公共団体)も、同項にいう「宗教的活動」を行うことを禁止されています。

そして、憲法20条3項の「宗教的活動」には、国・自治体が自ら宗教的活動を行う直接的宗教活動と、国・自治体が私人の宗教を支援する宗教支援活動がある【3】ところ、ハラル給食の提供は、基本的には、後者の宗教支援活動に当たるものと考えられることから、同項に違反するかどうかを検討していきます【4】。

●政教分離違反か否かをどう判断するのか

国家が宗教に対してどのような態度をとるかは、国や時代により異なります。

国教制度を建前としつつ国教以外の宗教に対して広汎な宗教的寛容を認めるようなタイプもあれば、国家と宗教とを厳格に分離し、相互に干渉しないことを主義とするタイプもあります。日本は、アメリカと同様に、後者の型に位置づけられます【5】。

ただし、「厳格」な分離が要求されるといっても、判例・通説によると、国家と宗教とを「完全」に分離しなければならないことを意味するものではなく、国家が実際上宗教とある程度のかかわり合いをもたざるを得ないと理解されています。

特定宗教と関係のある私立学校に対して、一般の私立学校と同様の助成をすることや、文化財である神社、寺院の建築物や仏像等の維持保存のため国が宗教団体に補助金を支出することが許されないーー

そういったことになれば、そこには、宗教との関係があることによる不利益な取扱い、すなわち宗教による差別が生ずることになり【6】、憲法14条1項の「信条」に基づく差別(同項違反)となってしまいます【7】。こうしたことから、国家と宗教との一定のかかわり合いは憲法上許容されうるわけです。

そこで、国家と宗教とのかかわり合いの限界が問題になるわけですが、判例【8】は、そのかかわり合いが「我が国の社会的、文化的諸条件に照らし信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合に、これを許さないとするものと解される」(空知太神社事件判決)と述べています。

つまり、「相当」な限度を超えるかどうかで、政教分離の原則に違反するかどうかを判定するとしています【9】。

●「目的」と「効果」に着目した違憲審査

それではこの「相当」な限度を超えるかどうかを、具体的にどのように判断していくのかという点については、いくつかの判断基準があります。

まず、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的・効果に着目し、行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になる場合には違憲とする基準である「目的効果基準」です。

このほかにも、宗教的施設の性格、宗教支援活動の経緯、態様、これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し社会通念に照らして総合的に判断すべきとする「総合判断」の基準等があります【10】。

そして、この問題が実際の裁判で争われたのが、高等専門学校で学んでいた学生の「宗教的義務」(剣道等の格技を行ってはならないという信仰上の教えにおける義務)と、必修科目である保健体育の剣道の授業に参加しなければならないという「世俗的義務」とが衝突したという事案(剣道実技拒否事件判決【11】)です。

この事案で裁判所は、剣道の実技に代わる代替措置をとることが政教分離原則(憲法20条3項)に違反するかどうかについて、「目的効果基準」を採用した津地鎮祭事件判決を引用しつつ、同基準に従って違憲審査をしました【12】。

このような宗教的義務と世俗的義務とが衝突する場合と、ハラル給食の提供行為とが全く同じだとみることはできないでしょう。

とはいえ、ハラル給食の提供行為も、児童・生徒の宗教的義務と学校の施策とが衝突する問題であり、剣道実技拒否事件判決のケースと事案が一応近いといえます。

このことから、ハラル給食の提供行為が政治分離原則(憲法20条3項)に違反するか否かという問題についても、「目的効果基準」を使って審査をすればよいだろうと考えられます【13】。

●どのような場合にハラル給食の提供が違憲になるのか

ハラル給食の提供行為が違憲になるかについては、まず、「目的効果基準」の「目的」の点から検討すると、例えば年に数回の提供であれば、教育的な目的あるいは福祉的な目的で実施されるものといえるでしょうから、宗教的な意義をもつものではなく、世俗的な目的の行為だといえるでしょう。

次に、「効果」の点ですが、同様に年に数回の提供ということであれば、イスラム教への援助・助長・促進といった効果は認められず、あるいは、他の宗教に対する圧迫・干渉という効果も認められないと考えられます。

以上のことから、少なくとも年に数回ということであれば、客観的にみて、ハラル給食の提供は、正教分離の原則(憲法20条3項)に違反しないものといえます。

他方で、例えば、ハラルフードの献立ではない児童・生徒の人数がそれほど多くない公立学校において、月に何度もハラル給食が提供されるという場合には、宗教的意義をもつものと認められる可能性が出てくるでしょうし、あるいは、イスラム教への援助・助長・促進などの効果は認められることになりうると考えられ、違憲とされる可能性があるでしょう。

●「多文化共生」や「炎上」事案をどう考えるべきか

近年、「多文化共生」がしばしば話題になり、SNS上で「炎上」するようなケースもみられますが、国や自治体が特に憲法に違反していない取り組みを行っており、しかもそれが特に、日本国内では多数とは言えない文化を前提に生活していたり少数派の宗教を信仰していたりする子どもたちの利益に資する取り組みであり、かつ、他の子どもたちにとっても他文化や級友の信じる宗教への理解を深めることになるようなものであれば、大人としては攻撃的な言動を控えるべきでしょう。

日本に住む大人ひとり一人がそのように心がけることが、憲法26条で保障されるものと理解される子どもたちの学習権・成長発達権を尊重することにつながります。

「日本国憲法及び児童の権利に関する条約の精神にのっとり、次代の社会を担う全てのこどもが、生涯にわたる人格形成の基礎を築き、自立した個人としてひとしく健やかに成長することができ……る社会の実現を目指して、社会全体としてこども施策に取り組むこと」(子ども基本法1条)が私たち大人の役割であるという観点が特に重要だと思います。

【1】正教分離の原則(政教分離原則)の「政」とは「政治」またはその担い手である「国家」のことを意味し、「教」とは「宗教」またはその担い手である「教会」のことを意味します(片桐直人=井上武史=大林啓吾『一歩先への憲法入門〔第3版〕』(有斐閣、2025年)〔井上武史〕)。また、最高裁判例(津地鎮祭事件判決・最大判昭和52年7月13日31巻4号533頁)は、「政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するもの」だと同原則を定義しています。
【2】芦部信喜著・高橋和之補訂『憲法〔第8版〕』(岩波書店、2023年)171頁参照。
【3】高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第6版』(有斐閣、2024年)209頁参照。なお、宗教支援活動が憲法20条3項でカバーされる類型か否かについては、1つの問題ではありますが、判例を前提とする限り、同項でカバーされるものといえ、学説も同様の立場と考えられます(同書211頁参照)。
【4】「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」と規定する憲法20条1項後段や、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、……これを支出し、又はその利用に供してはならない」と規定する憲法89条前段については、宗教団体や宗教上の組織自身が国・自治体から直接支援を受ける場合ではないことから、基本的には特に問題にならないと考えられる。なお、仮に問題になる余地があるとしても、憲法20条3項違反が認められなければ、憲法20条1項後段違反や憲法89条前段違反も認められないという関係になると考えられることから、やはり、ハラル給食については、憲法20条3項に違反するかどうかを検討すればよいといえます。
【5】芦部・前掲注(2)171~172頁参照。
【6】津地鎮祭事件判決(前掲注(1))は、「政教分離原則を完全に貫こうとすれば、かえつて社会生活の各方面に不合理な事態を生ずることを免れないのであつて、例えば、特定宗教と関係のある私立学校に対し一般の私立学校と同様な助成をしたり、文化財である神社、寺院の建築物や仏像等の維持保存のため国が宗教団体に補助金を支出したりすることも疑問とされるに至り、それが許されないということになれば、そこには、宗教との関係があることによる不利益な取扱い、すなわち宗教による差別が生ずることになりかね……ないのである。」と述べています。
【7】憲法14条1項後段の「信条」が宗教上の信仰を含むものであることは明らかであると一般に理解されています(芦部・前掲注(2)142頁。)
【8】空知太神社事件判決・最大判平成22年1月20日民集64巻1号1頁。
【9】津地鎮祭事件判決(前掲注(1))などの判例も、「相当」な限度を超えるかどうかで政教分離原則違反について判断するとしています。
【10】津地鎮祭事件判決(前掲注(1))などの判例は「目的効果基準」を採用し、空知太神社事件判決(前掲注(7))などの判例は「総合判断」の基準を採用しています。なお、基本的には、後者の「総合判断」の基準の方が「より緩やかな判断基準」(長谷部恭男『憲法〔第8版〕』(新世社、2022年)204頁)だと考えられます。
【11】最判平成8年3月8日民集50巻3号469頁。
【12】横大道聡「中立的な法令の適用と信教の自由」同『憲法判例の射程〔第2版〕』(弘文堂、2020年)159~160頁参照。
【13】今日においては、目的効果基準ではなく、総合判断の基準で判断すべきであるという考え方もありうるでしょうが(長谷部・前掲注(8)204頁参照)、後者の基準の方が、普通は「より緩やかな判断基準」(同頁)すなわちより合憲となりやすい判断基準であることから、目的効果基準でも合憲だといえるときには、基本的には総合判断の基準を採っても合憲ということになると考えられます。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

プロフィール

平 裕介
平 裕介(たいら ゆうすけ)弁護士 AND綜合法律事務所
2008年弁護士登録(東京弁護士会)。主な業務は行政訴訟、憲法訴訟。行政法研究者でもあり、多数の論文等を公表。大学やロースクール(法科大学院)で行政法等の授業を担当(非常勤)。審査会の委員や顧問など、自治体の業務も担当する。

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